“マルハナバチの羽音”[ブログ]

....a humble bumblebee bumbles bumbling....

  * * * * * * * * * *  * * * *

 アンカヴァーリング・ザ・ヴォイス神戸講座2017.4.8

 

フィンランドの“ラウル・コウル(歌の学校)”の

メリヤ先生が神戸に来られ、講座が開催された。

 

フェルデンクライスの生徒さんたちや、

私が10年以上前に歌っていた合唱団の方たちも参加してくれた。

 

そのころ、その合唱団だけでなく別の合唱団でも歌っていたが

そのときの私が、メリヤ先生の言うこの歌い方を聞いたら、

物足りなく思ったか、奇妙に思ったかもしれない。

とにかく、そのころの私や周りの人たちの歌い方とは違う。

 

メリヤ先生は何度も「健康な歌い方」と言っていた。

先週のアンカヴァ牛窓合宿でも、

「声はbuild(建物のようにつくる)ではなく、free(自由にする)」

「自分が向こうに向かって歌いに行くのではなく、

声が向こうからやって来る」

と言われたが、それは私たちの思っている歌い方とはかなり異なる。

昔の(少なくとも100年以上前の)イタリアでは

当たり前だった歌い方だそうだ。

 

そこでは「聴くこと」

「聞こえてはいないが、すでに空間に満ちている響きを聴き出すこと」

が強調される。(トマティス・メソッドとも通じる。)

 

今日は2時間ずっと、具体的な曲ではなく

アンカヴァーリング・ザ・ヴォイスの歌の学校のエクササイズばかり。

それが私には楽しい。

(私は合唱団でもコンサートより毎回の練習が好き。

たぶん、声を出すこと、歌うことそのものが好きなのだ。)

 

で、普通の声楽などの発声練習と少々違うのは

多様な子音+母音とシンプルな音型の組み合わせの、様々な発声練習が

つねに具体的でポジティブなイメージとともに誘導されること。

「鼻の横を翼のように広げて」「微笑んで口角が耳の方へ来るように」

「響きが後頭部から上へジャンプするように」

といった技術的なイメージだけではなく、

「噴水の水が噴き上がるように」

「噴水の水滴が飛び散るように」

「頭の上に青空が広がっているように」

「朝の日の光が向こうから差してくるように」

といった、気持ちが明るくなったり楽しくなったりする、

心地よいイメージ。

すると、とたんに声が生き生きとして輝き出す。

 

まるで、それらの短いフレーズで遊ぶかのように。

それが、「動きを使って(赤ちゃんのように)遊ぶ」

フェルデンクライスにも似ていて面白い。

 

 

近ごろ、しきりに

「神は遍在する(あまねく存在する)」という言葉が思い浮かぶ。

本質的なことは地下水脈でつながっていて、

それが一見、別々の場面で、異なる姿で表れてくるが

あぁ同じことを言っている、つながっているのだ、と気づかされる。

 

 

梅の林へ 2017.3.12

 

昨日、庭に出たら、

吹きつける北風のなかに

梅と沈丁花と菫の匂いが混じっていた。

 

今日は、あんまり良いお天気の日曜なので

ぶらっと、雌岡山(めっこうさん)の梅林へ。

 

梅の花は大好き。匂いがいい。

2週間前に東灘の岡本梅林に行ったら、ちょうど見頃だった。

雌岡山も、そろそろ満開かも・・・と思ったら

本当にちょうど見頃だった。

 

ここは知る人ぞ知る、梅の名所で、

雌岡山のなだらかな山裾に、色あざやかに梅が広がり

その向こうには、淡路島と明石海峡大橋も霞んで見える。

「馥郁とした」というのは、まさにこれを言うのだろう、

 

梅の花の香りが、あたりに漂っていた。

 

1日ワークショップ (2017.3.1)

 

2月最後の日曜日、東灘区民センターで

フェルデンクライスの1日ワークショップを行なった。

基本編で選んだテーマは「肩甲骨」(午前)と「股関節」(午後)

フェルデンクライスが初めての方もあり、最初に行なったのは

肩甲骨の在り処と動きがとても感じられるレッスンの1つ。

ワークショップなので、ふだんKCC(三宮)や元町ではしない、

ペアでお互いの肩甲骨を感じるワークもやった。

自分の肩甲骨がより感じられるだけでなく、

他の人が少しずつ違うやり方で肩甲骨を動かしているのも分かる。

 

今月26()の西区民センターでの1日ワークショップこちらでは

同じ「肩甲骨」がテーマだが、また別の、

さらに胸鎖関節や肩甲骨と胸郭の関係が感じられるレッスンを

しようと思っている。

 

骨や関節の名前・構造などの知識をすでに持っていることは

もちろんプラスであるし、新しく知ることも助けになる。

だが、「知っている」「分かる」と「うまく使える」は別のこと。

  (解剖学的知識のある医者が、うまく体を使っているとは限らない。)

「うまく使える」ためには、まず「感じられる」必要がある。

 

私がワークショップでした、簡単な解剖学的な話は

基本的な解剖学の本を読めば、必ず書いてある基本の基本。

私が話したこと以上によく知っている参加者も、もちろんいる。

でも、フェルデンクライス・メソッドが優れていると思うのは

 “動きを使って”、体のつながりや機能的な使い方を感じるように、

レッスンが組み立てられていることだ。

骨の知識のあるなしに関わらず。

ふだんしないような動きをあれこれ探っていくことは

知識よりも直接的に、脳・神経系を通して、動きのパターンを変える。

これをフェルデンクライスは“神経の配線のつなぎ直し”と呼んだ。

 

2/26のワークショップでフェルデンクライス初体験だった方は

レッスン後の感想で「まだよく分からないけれど」とおっしゃった。

それでも、「肩甲骨や肩・胸上部のあたりが楽になった」

「重心が下がって足裏がしっかり地についている感じがする」

「今、ヴァイオリンを弾いたら、違う音色がすると思う」

そんなことを感じられのなら、それで十分である。

すでに、今までとは違う体の使い方も、選択肢に持ったわけだ。

習慣的が強ければ強いほど、早くいつものパターンに引き戻されるが

「このパターンしかない」のと「これかあれか、選べる」のとは、

大きく異なる。

 

「体の正しい使い方(あるいは正しい姿勢)はこうである」

と知識として知る・覚えることよりも

レッスンを通して「あ、こんなふうに動くと体は楽なんだ」

「あ、ふだん自分はこんな使い方をしていたから痛かったのか」と

気づけることが、本当の学びだろう。

 

フェルデンクライス・メソッドは学べば学ぶほど奥が深いが

それは、自分の体も同じこと。

一番よく分かっていないのは、自分の体、自分のことだろう。

レッスンを受ければ受けるほど、少しずつ自分に気づいていく。

 

レオラ先生がフェルデンクライス・メソッドのことを

“体の動きを通してAwarenessをもたらすワーク”だと言っていた。

Awarenessはよく「気づき」と訳されるが、目が覚めた状態。

動きを通して“自分のことを、より発見する”ワークだと。

 

よく分かっていないブラック・ボックス状態の体に

11つ気づいていく・・・とすると気が遠くなるかもしれない。

でも、これもレオラ先生がよく言うことだが、

“体は万華鏡と同じ。1つ変われば、すべてが変化する”のだ。

 

ところで、今回の1日ワークショップ、

私自身にとっては、とても楽しい体験だった。

1時間ちょっとのレッスンとは違って、時間がたっぷりあるし。

参加した皆さんにとってはどうだっただろう?

レッスン自体が終わっても、脳の中ではさらに情報処理が続く。

つまり、脳の中での配線のつなぎ直しは終わらない。

ワークショップ会場を出た後で、帰り道で、おうちで、

あるいは翌日に、2~3日後に、職場で・・・

さらにどんなことに気づいたか、ぜひお聞きしたい。

ワークショップの5時間だけでなく、その後も含めて

レッスンから受け取れるものがある。

 

さてさて、3/26()は、どのレッスンを選ぼう?

 “祈りのレッスン”か“ヴァイオリンの動き”か、それとも・・・。 

 

“声の覆いを取る”歌唱法 2017.1.28 / 2.1詳細追記

 

声楽家・川井弘子さん著『うまく歌える「からだ」のつかいかた』(誠信書房)でも

フェルデンクライスは、アレクサンダー・テクニークと並んで

 歌う人に役立つ「からだ」のメソッド”として紹介されている。

        (この2つにロルフィングを加えて「三大ボディ・ワーク」と言われる。)

しかし、フェルデンクライスも、アレクサンダー・テクニークも

歌そのもの、発声自体をどうこうするのではなく、

“声のために体を整えるのに役立つ方法、技術”なのである。

 

実は、2年前から私が興味を持っている、歌そのもののレッスンがあって

「アンカヴァーリング・ザ・ヴォイス」という。

まさに、“声の覆いを取る”という歌唱法である。

岡山在住の先生が(兵庫・大阪を通過して京都に教えに来られるのを

兵庫在住の私が(大阪を通過して)京都まで受けに行っている。

岡山は兵庫の西隣り。兵庫県内で受けられたらお互い楽なのだけれど。

 

と思っていたら、今年4月に神戸で

「アンカヴァーリング・ザ・ヴォイス」の講座が開かれることになった。

私が習っている林百香先生がフィンランドの「歌の学校」で習っていた

メリヤ・パルム先生(つまり、先生の先生)の特別講座。

 

今まで、声楽のレッスンや発声講座は多くの先生から受けてきたが、

「アンカヴァーリング・ザ・ヴォイス」は、一般的な発声法とは全く違う。

私の敬愛する大森地塩先生の発声法やトマティス、フェルデンクライスとは

基本的なところが共通する、と私はひそかに思っているけれども、

シュタイナー教育との関係もあるので、また違う色彩を帯びている。

 

4月1~2日に岡山の牛窓で、メリヤ・パルム先生の合宿講座が開かれる。

「せっかくなので関西でも」ということで、

今回はラッキーにも、神戸で半日講座が開かれることになった。

何ならフィンランドの「歌の学校」も体験してみたい!と思う私にとっては

こちらへフィンランドから先生の方が来てくださるのだから、ありがたい話だ。

 

 ★神戸講座

と き 48日(土)10時~12

  ところ 神戸文化ホール練習室4 

  参加費 4,000

      ※詳細はこの下のチラシをダウンロードしてください。

         ※4/1(土)~2(日)に岡山(牛窓)で合宿講座があります。

                                   ↓

アンカヴァ春の講座_2017_pdfチラシ.pdf
Adobe Acrobat ドキュメント 359.3 KB

スポーツ、ダンスをする人なら・・・ (2017.1.12

 

「良い声のための体の使い方」というフェルデンクライスの講座を、ここ数年やっている。

でも、逆説的だが「声のためだけの体の使い方」があるわけではなく、 “上手な体の使い方”は、歌をする人も楽器演奏、演劇をする人も、ダンスやスポーツをする人も、また腰痛や肩こり等を何とかしたい人も、実は、基本は同じなのだ。

 

歌うとなると、たいてい「もっとお腹を使いなさい」「のどを開きなさい」という指導が多いが、実際のところ、肩甲骨・股関節はもちろん重要、それどころか足も胸も腕も頭も、目までが関わっている(→「良い声のための体のレッスン」2016

とはいえ、歌うとき、外見上は体にそう大きな動きがあるわけではない。

 

この2月と3月、スポーツ、ダンスをする人向けにフェルデンクライスの1日ワークショップを開催する。題して、

「スポーツ、ダンスをする人なら、知っておきたい体のこと

欧米で活躍するくらいのダンサーなら当たり前のように知っている、フェルデンクライス・メソッド。そりゃそうである。よく知られた、上手なアマチュア・スポーツマン(本業は物理学の教授)だった、しかも柔道の創始者・嘉納治五郎に直接見込まれて外国人初の黒帯を取ったフェルデンクライス博士がつくった、動きを使って体の機能を向上させる体系的方法なのだから。

 

今回のテーマは、基本編として「肩甲骨」「股関節」だが、肩甲骨・股関節のことを知識的に知ってもらうだけではない。それらが体の他の部分とどのようにつながり、関わり合って働くかを、体験的に自分自身で探っていく。それも、小さなシンプルな体の動きを通して。だからこそ、動きそのものがメインであるスポーツやダンスをする人であれば、より直接的に役に立つだろう。

 

もちろん、スポーツやダンスをしない人でも、誰でも参加OK。少人数制なので、心をゆるめて、一緒に探っていける。

神戸市の東(226)と西(326)とで。

またどんな新しい方と出会えるだろうか。楽しみだ。

        ※チラシはこちら

           ↓ 

1日ワークショップ案内
2017年1月チラシ うら.pdf
Adobe Acrobat ドキュメント 843.7 KB
フェルデンクライスとは
2017年1月チラシ おもて.pdf
Adobe Acrobat ドキュメント 664.3 KB

魔法の勉強 (2017.1.1

 

ある人が

「勉強は、本当は楽しいんだ。

成功法則がたくさん詰まっている魔法を

勉強しているのと同じだから」

と言った。

 

物理学の延長で、月へ行くロケットが作れた。

飛行機だって、昔の人から見れば、魔法と同じだ、と。

 

本当にそうだ。

 

私が勉強しているフェルデンクライス・メソッド。

「メソッド」というのは、創始者でなくても

誰でも再現できるように方式化したものだから、

まさに、成功法則がたくさん詰まった魔法だ。

 

指導者養成コースの生徒だったころ、

説明しながら実演してくれる先生方の技術に

「まるでホグワーツだ」としみじみ思ったことを思い出す。

     ※ホグワーツ:ハリー・ポッターが通った魔法学校

 

欅(けやき) (2016.12.19)

 

お茶のお稽古で、

先生が珍しい棗(抹茶を入れる器)を持ってきてくださった。

 

木目の美しい棗で、材は欅(けやき)の木だそうだ。

つややかな明るい茶色の木目に、

金色で丸い鈴のような模様が三つ、四つ描かれている。

「つぼつぼ紋」というそうで、

ころんとした模様も名前の響きも、可愛らしい。

 

欅といえば、日本家屋の建築や家具に使われる

大きくて堅い木だと思っていたので、

「欅でできていて軽いのよ」と先生がおっしゃったのが意外だった。

 

「けやき」の語源を調べると

“際立つ、美しい”の意味の「けやけし」が由来らしい。

遠くからも姿が目立って美しい、ということなのだろう。

 

近くの公園にも、大きな欅が立っている。

その姿は「箒を逆さにしたような」と言われるが、

葉をすべて落とした冬の今、むしろ名前の文字どおり、

空に向かって、うーんと大きく手を挙げているような

気持ちのいい姿で、立っている。

 

私の、大好きな木である。

 

フェルデンクライスと柔道 (2016.12.5)

 

フェルデンクライス・メソッドの教師なら誰でも、

このメソッドと柔道との深いつながりを知っている。

  (柔道家フェルデンクライスについては、こちらのページの下へ)

 

私たちも指導者養成コースの1年目のときに

アメリカ人の先生から教えられた。

というより、

「えっ!日本人なのに知らないの?!」と、呆れられた。

世界中の指導者養成コースで教えられていることなのに、

私たちのほとんどが知らなかったので…。

 

1970年代のインタビューでフェルデンクライス博士は、

このメソッドが相当大きな影響を柔道から受けていると答えている。

 

5月にアメリカで参加した、ミア先生&レオラ先生の

7日間のマスター・プラクティショナー・セミナー1では、

最終日のレオラ先生による「柔道レッスン」が一番印象的だった。

 

フェルデンクライスのメソッドと柔道のつながりについて。

「身体的、哲学的、心理的、そして単に技術的な要素があります」

「まず哲学的・心理的に、柔道では“地面は友だち”。

“地面は友だち”というのはアジアの文化、

とくに日本では基本的なことです」と話し始めた。

「それに対し、西洋の文化では室内でも靴を履き、足裏を感じず、

 自分自身から切り離されていく。転ぶことを恐れる。」

「でも柔道は、安全に転ぶことを学ぶものです。心理的には、

何かに失敗(躓き転ぶ)しても、そこから立ち上がれること」。

 

さらに、つねに動きの中でバランスを維持し、自分の中心にいること。

足裏を地面につけたまま「すり足」で素早く左右前後に移動して見せ、

 これは“日本の劇場”(能・狂言の舞台)の歩き方だと説明しながら

参加者全員にも実際にさせた。

日本人が欧米人の歩き方を(憧れをもって)真似することはあっても、

アメリカ人をはじめ世界中からの参加者たちが

一斉に「すり足」で素早く移動する練習風景は、滅多に見られない!

 

華奢なレオラ先生が大男のアメリカ人を相手に、互いに襟と肘を持ち、

指一本で相手のバランスを崩す実演をするなど

柔道とこのメソッドのつながりに関する興味深いレクチャーが続いた。

いかに柔道とこのメソッドが本質的なところで一致しているかが

よく分かった。

 

フェルデンクライス博士が作ったレッスンは1000を超えると言われ、

そのメソッドを、非常に奥が深い茫洋たる森のように感じていた。

だが、

4年間の養成コースで学んだ多岐にわたる事柄やテクニックの数々も

レオラ先生の柔道レクチャーを通して、扇の要のように

すっきりと一つのことに集約されていくような感じがあった。

 

それに、レオラ先生が(フェルデンクライス博士やミア先生と同様に)

本の文化に深い敬意を表してくれるのは、日本人として

うれしく誇らしかった。

 

中学生のころ3年間、家族で日本に移り住んだレオラ先生は、

毎日5時間、講道館で稽古をしたという。

   (日本人以外の女性で最年少の黒帯取得者)

一方、大蔵流で狂言の稽古にも励んだ。

幼少時より博士本人からそのメソッドを空気のように吸収し、

柔道の本場で柔道を学んだレオラ先生。

世界中に彼女ほど、このつながりを説明する適任者はいるまい。

「このレッスンを受けただけでも、こんな遠くまで来た甲斐があった」と思った。

  (サンフランシスコからさらに飛行機で4時間のオースチンにて)

 

11月にはこのセミナー2に参加し、帰ってきてちょうど3週間。

何かつかめてきたような気がしながら、今回もどっさり学んだことを、

 ゆっくりゆっくりと牛のように反芻している。

 

 

大統領選挙 2016.11.16

 

昨日の深夜、アメリカから帰宅した。

  (5月に続き、ミア・シーガル先生とレオラ・ガスター先生による、

   フェルデンクライスのMaster Practitionerセミナーに参加。)

 

今回は往復とも5月とは違う経路で

初めての空港での乗り継ぎが少々不安だったが、

振り返れば、とてもスムーズに家まで帰って来られた。

 

神戸空港、羽田空港、成田空港、ヒューストン空港、

オースチン空港、ロサンゼルス空港と、今回使った空港は6つ。

ロサンゼルスや羽田、成田空港と比べたら

本当に小さくて可愛い空港なのだけれど、 

夜9時半、予定通りに神戸空港に戻ってきたときには、ほっとした。

 

ところで、今回の稀な経験のひとつは

大統領選挙当日を、アメリカで体験したこと。

宿泊型のセミナーで、参加者の大半はアメリカ人だった。

インド人やイタリア人、ロシア人で米国籍を取得した人たちもいる。

夕食後、宿泊棟の談話室でテレビの開票速報を見ていると、

次々に彼らが入ってきて、州ごとのクリントンVSトランプの

得票率が出るたび、うわぁうわぁ一喜一憂していた。

 

イタリア移民の女性は

「トランプが勝ったら本当に恐ろしいことになる」と真剣に言い、

別のアメリカ人は「ヒラリーは好きじゃないけど、トランプよりマシ」と言い、そこにいた全員がヒラリー側を応援していた。

皆と一緒に開票速報を見ている間、接戦ながらヒラリーが劣勢だった。

10時か11時過ぎ、皆より先に談話室を後にしたときには、

「そうは言っても最後はヒラリーが勝つだろう」と思っていたのだが。

 

翌朝、食堂で参加者の1人に、選挙結果は知っているかと尋ねると

「あぁ、知っている」と言い、まさかのトランプ勝利だった。

後日、「トランプが勝った夜は、ショックで2~3時間眠れず、

ベッドでじたばたした」と言った人もいた。

当選の翌日にも、PCでニュースをチェックして

「トランプ勝利に反対のデモをしている人が大勢いるらしい」と

教えてくれた人もいた。

 

トランプ氏のような人物が大統領になるアメリカという国が、

失礼ながら、何か滑稽に思えた。

しかし今は、選挙中とは発言や態度を変えているというトランプ氏が

実は良識がある人物で、ブッシュ以前の大統領たちとは違う

良い方向に舵を取っていくことを、期待している。

 

神戸の紅茶 (2016.10.8

 

神戸が舞台のNHK朝ドラ「べっぴんさん」が始まった。

 

3話でも、さっそく神戸の文化というのか、

神戸らしい事柄が次々に出てくる。

 

そのひとつ、市村正親さん演じる靴屋の店主が、

こっそり工房に入り込んだ主人公を見つけて驚き、

話を聞きながら、主人公に紅茶を出すシーン。

紅茶の色が映えた綺麗なティーカップが印象的だった。

   (しかもシナモンのスティックでかき混ぜるとは!)

 

神戸はパンやスイーツの街として、少しは知られているが

実は、紅茶の消費量も日本一。

全国平均の2倍近いらしい。

 

「僕のお祖父さんは、まだ幼かった娘(彼のお母さん)の手を引いて

紅茶の講習会を開き、神戸に紅茶を広めていったんや」

――と、何年も前に、神戸紅茶株式会社の社長(当時)から

伺ったことがある。

90年前の大正14年創業、神戸紅茶株式会社の前身の創業者のことだ。

           

そうやって広まった紅茶を、昭和9年の『べっぴんさん』の中で

腕のいい靴職人が、お得意さんのお嬢さんに供している。

きっと仕事の合間に自分でも、紅茶で一休みしたりするのだろう。

そう思うと、感慨深かった。

 

ちなみに昭和32年、日本初のリプトンのティーバッグ製造工場に

指定されたのは、この神戸紅茶の前身、株式会社須藤だ。

現在、全国的には“紅茶なら○○”と思われている店があるらしいが、

神戸紅茶は、単に紅茶を輸入しているだけでなく、

全国に数人しかいない「紅茶鑑定士」がいて

“日本の水に合った”紅茶を開発している。

名前よりも、“本当の紅茶が分かる”人に飲んでほしいものだ。

  

・・・おっと。

思わず宣伝してしまったが、私は神戸紅茶の回し者ではない。

でも、少し歴史を知っていると他の人に教えたくなるし、

それにストーリーのある神戸紅茶が、私は好きなのだ。

だが、神戸紅茶はかなりリーズナブルなので、残念ながら

「高価でなければ上等でない」と思っている人は味わえないかも。

 

以前、あるお宅で、「これがおいしいんですよ」と

出してくれた一碗の紅茶が、忘れられない。

 

神戸紅茶のNo.18(イングリッシュブレックファスト)を注いだ

ティーカップに、その方がベランダで育てている

ラベンダーの花の蕾をひとつ、浮かべてくれたのだ。

カップを口に近づけると、ふわっとラベンダーが香った。

 

ほんの短い「その季節」しか、味わえない紅茶だった。

 

    ※神戸紅茶: http://www.kobetea.co.jp/history

 

  

 

祝!ノーベル賞受賞 (2016.10.3

 

大隅良典さんがノーベル賞を受賞したというニュース。

いやぁ、めでたい。

 

「みんなが寄ってたかってやっているテーマよりも

誰もやっていない研究こそ面白い」

と言い、「人と違うことをやる」へそ曲がりだという。

 

大隅さんがこれを研究し始めたのは27年前。

当時は誰も見向きもしなかったのだろうし、

助手もいない「たった1人の研究室」だったそうだ。

 

「人がやらないこと」をやり、自分が面白いと思うことを

ただやり続けたということ。

ここ数年、大きな賞を続けてもらうようになったそうだが

とすれば何年も何年も、

今やっていることが将来、実を結ぶかどうかも分からないまま

これだと思う自分を信じ、ただただやり続けたということ。

それが、すごい。

 

 

ノーベル賞といえば。

若き日のフェルデンクライス博士が共同研究者を務めていた

フレデリック・ジョリオ=キュリー(キュリー夫人の娘婿)が、

ノーベル化学賞を受賞した。

「その瞬間を目撃したのは私の幸運だった」

フェルデンクライスは、のちに書いているが、

ある日、研究所から帰ろうとするとき、フェルデンクライス博士は

フレデリックに声をかけられ、一緒に寄った新しい施設で

ノーベル賞につながる発見の瞬間に立ち会ったのだった。

 

大隅さんのかつての研究仲間や生徒、もちろん今の学生たちも

みんなが大隅さんの受賞の栄誉を、心から喜んでいる。

81年前のフレデリックのノーベル賞受賞も、

きっとフェルデンクライスをはじめ研究仲間がみんな 

我がことのように喜んでいたに違いない。

 

若冲をハシゴ 2016.8.27

 

生誕300年で、盛り上がりが凄いらしい。

近年、急に大注目を浴びている、江戸時代の絵師・伊藤若冲。

若冲が生まれ活躍した京都に、展覧会を見に行った。

 

細見美術館には若冲が20点以上あり、今だけ一堂に見せてくれる。

http://www.emuseum.or.jp/exhibition/ex048/index.html 94日まで)

 

倉庫のような鉄の扉が開くと、いきなり、水墨画の鶏の数々。

黒一色、というのは正しくない。

墨だけでも濃淡と緩急、太細を自在に使い分け、

鶏が生き生きとして一幅の中に存在している。

特に、一気に描いた尾羽には、本当に鶏の動きまで見えるようだった。

 

その後で向かったのが相国寺の承天閣美術館で、

相国寺は若冲が「動植綵絵」や「釈迦三尊像」を寄進した寺だ。

その「動植綵絵」は明治以降、皇居が所蔵しており、

元の所有者・相国寺では、今、原寸大の精密な印刷が展示されている。

 

もちろん、本物が見られるに越したことはないけれど、

(今春東京での「動植綵絵」も出品された若冲展は3時間待ちだったとか)

テレビで細部をアップで見ていた数々の絵が、実物と同じ大きさで

部屋の壁一面にぐるりと30幅掛かっているだけでも迫力だった。

(東京かららしい団体客が「3時間も待って見た絵がこんなところに!」と叫んだ)

 

しかも本物の「釈迦三尊像」が、部屋の奥に「動植綵絵」の中心に

釈迦如来が両脇に普賢菩薩・文殊菩薩を従えるようにして、

並んで掛けられていた。

若冲が深く仏教に帰依していたことを、ここで初めて知った。

ここ相国寺では、観音懺法法要のたび

これと同じ形・順番で30幅が飾られたと知ると、やはり感慨深い。

 

さらに第2展示室では、金閣寺(実は相国寺の塔頭寺院の1つ)の

大書院の障壁画50面(重要文化財)すべてが展示されている!

これもテレビで見知っていたものの、

まさかここで本物を見られるとは思っていなかった。

http://www.shokoku-ji.jp/j_now.html 若冲展、124日まで)

 

承天閣美術館は「動植綵絵」が本物ではなく印刷物というのが

敬遠されているのか、見に来ている人が少ない。

そうだとしたら、もったいないことだ。

倉庫風の鉄扉のある近代的建物の細見美術館(個人美術館)に対し、

承天閣美術館は総本山の広大な敷地の一角に立つ、純和風の建物。

靴を脱いで入る美術館内はカーペット敷きで、お香の匂いが漂い、

2展示室へ向かう途中には、ガラス越しに石庭が眺められる。

この寺で自身の永代供養を望んだ若冲の精神的背景にも触れられる。

 

ところで、「動植綵絵」のカラフルさは、

墨の鶏を見慣れた目に、ものすごい情報量に感じられた。

緻密に描き込まれた絵、最高級らしい顔料を惜しげもなく使い、

何色にも塗り分けられ、重ねられた色。

画面いっぱいに描かれ、絵によっては色彩の氾濫にも感じられた。

 

その極彩色の絵の中で、鳥や魚たちは静止して見えた。

ちょうど歌舞伎役者が見栄をきるように、

空間上、絶妙な位置と姿勢で、ピタッと止まっていた。

墨一色の鶏たちの方が動いて見えたのは、なぜだろう。

 

承天閣美術館でもたっぷり時間を過ごし、外に出たら、もう夕暮れ。

いつの間にか体が冷えたので、近くの店で熱いお茶など飲んで

あったまって帰ろう。

・・・と思ったら、店内の方がよっぽど低温設定で、とても寒かった。 

 

でも、ニューヨークチーズケーキはおいしかった。小さかったけど。

 

ゆる~いファン 2016.8.14

 

今年は全部で8つ見えた。

 

ペルセウス流星群の話である。

ピークの12日深夜から翌未明に6つ、14日の未明に2つ。

 

昨日も今日も、夜空にうっすらと靄がかかったようで

夏の大三角をはじめ、明るい星がいくつか見えていただけ。

流星群を見るにはあまり良い条件ではない。

ベランダで510分、ぼーっと空を見上げていれば

あっ、1つ流れた、というような、ゆっくりペースだった。

 

ペルセウス流星群で思い出すのは、

大学生のときの山行会の夏合宿。

北アルプスの稜線上に寝転がって見上げた星空だ。

 

真向いの大キレットに夕日が堂々と沈んだあと、

さえぎるものなく広がる空に、星が次第に数を増した。

 

・・・はて。どれくらいの流星を数えたのだろう?

肝心の流星のことは覚えていなくて

(街なかでより、よほど多かったに違いないが)

思い出されるのは、

大キレットの岩稜の切れ込みに入り込んでいくオレンジの夕日、

銀マットを地面に直敷きし、仲間と並んで流星群を見たこと、

北アルプスのど真ん中なのに、意外と町の灯りが明るかったこと、

そして、

こんな贅沢なロケーションで、ペルセウス流星群を見たのだ!

という誇らしい気持ちと。

                                       

 

  小さいころ、母に連れられて、妹と私と3人で

ハレー彗星を見に行ったことを覚えている。

寒い冬の真夜中だった。

後に聞いたところでは、子どもの教育のため、というより

母自身が見たかったが夜中に1人で行くのが怖かったから、らしい。

しかし、ともかく、そんな母の影響もあったのだろう、

私も、ゆる~い天文ファンになった。

 

小学生のころ、祖父が買ってくれた学研まんが

『星と星座のひみつ』を、私はよく読んだものだった。

今では考えられないが、当時まんがは

「教育上良くない」と言われていた。

(国語の授業で「まんがを読むのは悪いか」というテーマで

 作文を書かされたこともある。)

だが、天文学のごく基本的なことを、

私はこのまんがで楽しみながら学んだ。

 

大学に入って間もないころ、地学(一般教養)の最初の授業で、

Y教授が南極調査に行ったときのスライドを何枚も見せてくれた。

そのうちの1枚には、

真っ白な雪原に、ポツンと犬の糞のような黒い物体が写っていて

「これは何だと思いますか?」 Y教授が質問し、

「当てた人にはご褒美をあげます」とおっしゃった。

教室中、誰も答えないので、思いきって手を挙げ

「隕石です」

と答えたところ、Y教授はちょっと驚いて見せて

「あとで私の研究室にいらっしゃい」とおっしゃった。

 

結局、私は教授の研究室を訪ねなかった。

今ならば、のうのうと研究室に行き、

お茶の1杯でもご馳走になっただろうが、

まだ厚かましさを身に付けていなかった新入生の私は

「教授は冗談でおっしゃっただけだ」

と自分に言い聞かせ、行かなかったのだ。

つくづく残念なことをした。

もっと南極のお話も聞けたかもしれないのに。

 

そしてもちろん、「隕石」と答えたのは、

あのまんがの知識がヒントになったのだった。

『星と星座のひみつ』は、今でも私の本棚の片隅に立っている。

 

やっと出た (2016.7.2


さっき、たまたま

待望の本が出版(それも一昨日に!)されていることを知り、

ちょっと興奮気味です。

 

『脳はいかに治癒をもたらすか―神経可塑性研究の最前線

(ノーマン・ドイジ著、高橋洋 訳、紀伊國屋) 

  https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784314011372

 

 

『脳は奇跡を起こす』著者の最新作で、ニューヨークタイムズのベストセラー。

やっと日本語版が出ました。

うち2章にわたって、モーシェ・フェルデンクライスのことが書かれています。

 

昨年3月ごろに、オーストラリアのプラクティショナーから話を聞き、

実際、500ページ以上ある原書も見せてもらいました。

アメリカ在住の先生に尋ねても、「たしかにベストセラーだ」とのことでした。

それで、日本語版の出版を今か今かと待っていました。

が、待っても待っても出ないので、昨年10月、著者側に問い合わせたら、

「2016年中に出せればいいけど・・・」という返事。

てっきり12月くらいになるかと思っていたところに

まさか、一昨日に出版されていたとは!です。

 

ちなみに、今年5月に行ったサンフランシスコ空港内の本屋さんでも、

入口正面の目立つ「ベストセラー」コーナーに、ちゃんとその本がありました。

 

 

紀伊國屋のホームページには、邦訳の章立てと見出しが載っています。

 https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784314011372

 

5章、6章でフェルデンクライスについて書かれているのは知っていましたが

今見ると、8章ではトマティス・メソッドについても詳しく書かれているようです。

 

トマティス・メソッドは10年以上前に、これもネットでたまたま存在を知り、

しかも、運よく神戸にもリスニングセンターがあるのを知りました。                                                  

耳の聴き取りを変えることで発声が変わる・・・

それが、すごく不思議で、すぐにトレーニングを受けに行きました。

※メソッド詳細は、トマティス神戸⇒ http://www.tli-tomatiskobe.com/

 

トマティス神戸のスタッフの方たちは、どなたも皆、親切で誠実。そして熱心。

今でもつながりがあり、発声コース(CAV)の修了者向けに

「朗読劇の会」を設けてくださっていて、私も月1回参加しています。

 

この本を読む楽しみが倍になりました!

前著も、とても面白い科学・医療読み物(世界中でミリオンセラー)でしたが、

600ページ近い最新作も、きっとワクワクしながら読んでしまうと思う。

 

Amazonで買ってもいいけど、日本の本屋さんを支えるため(←大げさ)

明日、さっそく紀伊國屋さんへ買いに行こう。

 

勢い余って 2016.4.5

 

桜が、全身で咲いている。

 

枝いっぱいに開いた花だけでは足りなくて、

太い幹の、ごつごつした樹皮の裂け目からも

花芽を外に向かって伸ばし、花を開く。

 

枝まで順に登っていくのも、もどかしいかのように。

体の中の春が、勢い余って吹き出すかのように。

 

桜エネルギーがだんだん張って(はる・春)ふくらんで、

とうとう堪えきれずに内から皮を割き(さく)、

先(さき)へ先へと伸びて咲く(さく)。 さくら。

 

駄洒落ではない。たぶん、大和ことばが生まれたころの、

日本人の祖先たちの、驚きが言葉になったころの、名残り。

 

 

ひとつ上の学び (2016.2.19

 

この5月から、ミア・シーガル先生とレオラ・ガスター先生による

マスター・プラクティショナー・トレーニングに参加することになった。

 

ミア先生は、フェルデンクライス博士の最初のアシスタントで、

古くからの高弟の中でも、ひとり別格の先生。

ミア先生の娘レオラ先生は、幼いころから家に博士が出入りしていて

博士のメソッドが呼吸のように当たり前の環境で育ったという。

 

フェルデンクライス博士が亡くなって30年余り。

他の誰よりもこのメソッドを熟知する2人の先生による、

2年間のマスター・プラクティショナーのトレーニングコース。

言わばフェルデンクライスの大学院(修士)、といったところだろうか。

 

アメリカで7日間のセミナーが2年にわたって4回、合宿形式で行われる。

すでにプラクティショナー(開業者・実践者)として活動している人たちが

アメリカはもとより、世界中から集まってくるだろう。

 

ミア先生、レオラ先生から直接教えてもらえることはもちろんだが、

それぞれに経験を積んできた受講者仲間からも学べること、さらに、

レベルのまちまちな仲間たちを、先生はどのように教え導くのか。

 

 

宿舎の部屋の申込み、航空券の購入、セミナー前後のホテルの予約などが

ようやく一段落して、ホッとしているところ。

 

2月後半の今はまだ寒いが、ほんの3か月先は、もう陽気な季節で、

今ごろは新緑のオースティンで、どっぷり学びに浸かっている。

 

 

極上の音 (2016.1.16

 

クリスチャン・ツィメルマンを聴きに、びわ湖ホールへ行ってきた。

現代最高のピアニストと言われる1人。

 

ときどき彼は曲の中で、“沈黙の音”を聴いていた。

 

 

「黄金伝説」と「モノが語る世界の歴史」2016.1.9

 

神戸と東京で開催中の2つの展覧会が

間もなく111日に閉幕する。

 

    *   *   *

東京に行った折、せっかくだから

何か美術展も見て来よう、と調べて、

すぐに決めた――「黄金伝説」展。

古代地中海世界の秘宝の数々!と聞けば

絶対見たい。

 

小さい子どもは50円玉より5円玉をほしがる

(銀色よりも金色が好きだから)

と聞いたことがあるが、同じ心境である。

 

上野公園の入り口近くの総合チケット売り場に並ぶと、ほとんどの人が買っていたのは、

「モネ展」。(圧倒的に女性)

未だかつて、どんな権力者も

一度に見ることは叶わなかったほどの量と質の黄金が、

ここに集まっているというのに。

  

すぐ近くで「アート オブ ブルガリ」展も開催中だった。

こんな大きな展覧会を上野公園だけで同時に3つもするとは

さすが東京だと思った。

 

さて、その黄金展の中身は・・・まさに百聞は一見に如かず。

ここで何を書いても始まらない。だから、書かない。

本物の黄金の数々を、自分の目で見ないことには。

 

まだ会期の初めごろだったからか、人が少なく、

ひとつひとつを、ゆっくりと鑑賞できた。

小さな品が多いので(純金だから当たり前だ!)

壁の拡大カラー写真付きの解説を読んでから見ると、

その非常に精緻な細工の素晴らしさがよく分かる。

 

一目見ただけで次へ行く人は、他人事ながら、

もったいないなぁ、と思う。よく見れば、たとえば

立派な羽根の小さな天使がついていることに気がつくのに。

 

そうやって、たっぷり時間をかけて見て回り、

もうそろそろ終わりかな、と思ったところへ、

目玉のひとつ、総重量12キロの黄金の食器群が出てきた。

 

まだ全体の3分の2しか、見終わっていなかったのだ。

あぁっ、もう30分しかない、と思いながら

歩みを速めても、最後まで1つでも見逃すのは惜しい。

 

小さな金の指輪に目を凝らすと、

小さな小さな手をつないでいるデザインに気づいた。

当時、握手が結婚の象徴だったという解説を読む前に

自分で「発見」できたのも、楽しい。

 

蔦のような流麗な曲線の美しい王冠もあれば、

半獣の女神の後ろにライオン、スフィンクスなどの獣が

電車ごっこのようにつながって並んだ愉快な王冠もある。

 

見る品、見る品、どれも黄金色。

言ってみればモノトーン(単色)で、

しまいには本当に目に飽きるほど

黄金に満ちた空間で過ごすのは、贅沢この上なかった。

 

*   *   *

地元の神戸市立博物館では、同時期に

100のモノが語る世界の歴史」と題する

大英博物館展が開催されていた。

 

会期は100日以上もあったのに、

残り1週間を切って訪れた。

最後の3日間の連休は避けたが

やはり賑わっていて、中高年の方が多く、

しかも男性客が多いのが印象的だった。

 

100点のうち私の1点を選ぶとすれば

「ウルのスタンダード」。

ラピスラズリの群青の背景と、絵を表す貝殻の

黄みがかった白の対比が、際立って美しかった。

近寄って見ると、貝殻が剥がれ落ちて、

背面にあるラピスラズリについた窪みが分かるのも面白い。

 

この展覧会の目玉の1つだが、未だに用途は不明だという。

 

もう1つ楽しみにしていたのが、

「ヘブライ語が書かれたアストロラーベ」。

金色の円盤も、中の装飾も華麗で、美しかった。

 

そう言えば、「100のモノ」の中に、日本からの物が、

覚えているだけでも45つあった。何だか誇らしい。

縄文土器を転用した水入れ、柿右衛門の象、

鶴を施した和鏡、北斎漫画・・・日本で金継した茶碗も。

日本での展覧会だから、かもしれないけれど。

 

時代も国・地域もバラバラの100点の物を

縦横に関連づけた構成は、ざっと200万年前からの世界史を、

時間と空間を立体的にして(まさに時空を越えて)見せてくれた。

 

あぁ、世界史を勉強していて良かったな、と思った。

 

世界史の授業が受験に不要云々、と問題になったことがあるが、

それで勉強しなかった子たちは、本当に可哀想だ。

私自身は不真面目で、受験では「可もなく不可もなく」だったが、

学校で習った世界史の知識の断片があるだけで

その後の人生が、どれだけ豊かになったか分からない。

 

ところで、

「金製のゾロアスター教徒像」の解説によれば、

2500年前の世界最大の国ペルシアは

ゾロアスター教(「拝火教」と習った)が国教にもかかわらず

他の多くの宗教・文化に寛容だったという。

 

また、あの「アストロラーベ」が作られたらしい中世スペインでは、

ユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラーム教徒が

平和に共存していて・・・(これも世界史の授業で習った!)

という解説を読むと、あぁ素晴らしいなぁと思う。

それが、「数学と科学に格段の進歩をもたらした」そうだ。

 

*   *   *

この2つの展覧会とも、残りはあと2日。

 

一目でも、“本物”を見ることには、価値がある。

 

 

血のにじむような努力 2015.12.6

 

1週間前、友人と御影を散歩するのに

たまたま、弓弦羽神社を訪れた。

 

弓弦羽(ゆずるは)神社といえば、

フィギュアスケートの羽生結弦選手が東北の震災後、 縁あって

神戸に来た折に参拝し、2年後のソチ五輪で金メダルを取った。

 

「それで多くのファンがこの神社を訪れるらしいよ」

と友人に知ったかぶりをしていたその日、

羽生選手が世界最高点を出した。

 

NHK杯が開催されていることすら知らなかったので、

夜のニュースで知って、驚いた。

 

世界最高得点322点。

スケートのことをよく知らない私が見ても、

NHK杯の羽生選手の演技は美しかった。圧倒的に。

 

ほんの23年前には、「最後までスタミナが持たない」

と指摘されていたのに、

演技の最後の最後でも軽々とジャンプを決める、

スピードを失わない、その体力は何なのだ。

 

試合後のインタビューで口にした(だが尋ねられても詳細を隠した)

羽生選手の“血のにじむような努力”とは何なのか。

 

スポーツニュースで元トップクラス(と思われる)のスケート選手は

「氷上だけでなく陸上でも、筋肉トレーニングなどに励んだのだろう」

とコメントした。

普通は“血のにじむような努力”と言えば、過酷な筋トレを想像する。

 

だが、むしろ、

筋力をアップすることよりも、動きや力の無駄を徹底的に省き、

不要な体力の消耗を最小限にしていくことを徹底したのではないか。

筋肉をつければ、ただ跳び上がるための筋力はつくかもしれないが

かえって、精巧に3回転、4回転するのは難しくなる。

 

他の選手と比べ、羽生選手は

ずっと少ない力で跳び上がっているように見える。

また、その回転はいつも“細い鉛筆”を思わせる。

回転軸に限りなく近いところで回るため、

エネルギーの消費を最小限に抑えられるのではないかと思う。

 

イチロー選手は、大リーガーにありがちな筋トレ、

むやみな筋肉増強を嫌い、独自のやり方で

しなやかに働く筋肉をつくっている、と聞いたことがある。

この二人はストイックな姿勢もよく似ているが、

体づくりも、世間が考えている正反対を目指しているのではないか。

 

 

国産旅客機、初飛行成功 2015.11.12

 

滑走路から、すーっと空へ滑り上がっていく。

 

国産初の旅客機MRJの姿を、昨日ニュースで見たときは、

あまりにも滑らかな動きに、一瞬、合成映像ではないかと思った。

白い鶴を思わせる機体が、スマートで、とにかく格好いい。

 

MRJの部品を作った中小企業の方たちの談話や、

今までにないその部品を作る難しさも、詳しく報じられていた。

まるで、『下町ロケット』だ。

 

『下町ロケット』は、今、私が一番楽しみに見ているドラマだが、

まったく同じように、MRJ誕生、初飛行成功の裏には

中小企業には中小企業の、大企業には大企業の、いや、とにかく

関わった一人ひとりに、思いやドラマがあるだろう。

 

知らなかったが、「三菱」は、当時世界最高峰の「零戦」をつくった

“世界の航空業界の伝説的な名前”なのだそうだ。

その三菱が製造したMRJの初飛行を、海外メディアも大きく報道した、というのは、日本人として、誇らしい。

 

私は事情に疎いのだが、それにしても、

国産の飛行機が半世紀ぶり、国産の旅客機が初、と知って、驚いた。

 

初飛行を担当した機長は、

「これまで経験した中でもトップクラスの操縦性と安定性だった」

と語ったという。

さすが日本の飛行機だ、と単純にうれしい。

 

だが、世界に知られる「技術大国」「ものづくり大国」日本、

トヨタをはじめとする自動車メーカーが世界の自動車産業を席巻し

世界一安全で速い新幹線が海外からも称賛されているなかで、

50年もの間、日本産の旅客機がなく、下請けのみだったとは。

 

精密で安全が第一の飛行機づくりなどは、

自動車や新幹線の延長線上、まさに日本の本領ではないか。

世界の空で「日本の技術ここにあり!」というところを見せてほしい。

 

私は国粋主義者ではないが・・・『下町ロケット』に倣って

日本品質・日本プライド”である。

 

名残りを惜しむ・心を残す (2015.11.2

 

お茶の先生の言葉に、なるほどなぁ、と思った。

 

お点前の人が、今手に持っているお道具とする)を置いて

次に取るべきお道具とする)に手を伸ばすとき。

 

目線が、もう次のにさっさと飛んでいるのを注意なさり、

「名残りを惜しむかのように、

からへ移る)距離の半分はまだに)心を残したままで」

とおっしゃった。

 

私などは、茶道を習い始めてもうすぐ2年になろうかというのに、

未だにお点前の手順を覚えきらない、不出来な生徒で、

「次は何をするんだったけ~」ということは、しょっちゅうである。

 

先生に言われた先輩は、当然、お点前の所作は全てできた上のこと。

でも、目線の移動という、一見小さなことだが、

案外、外から見ている者には、はっきりと分かるのだ。

 

なるほどなぁ、と思いながら思い出すのは、

ふだんの、別れ際の挨拶の場面。

 

お互いに懇ろにお辞儀をして顔を上げたとき、相手の視線は

すでにこちらにはなく、もう次の何か・誰かに移っている。

ご当人は気づいていないが、こちらは少し残念な気がする。

心がすでに私にはなく、次のことに向かっていることが伝わるからだ。

 

と言いながら、他の人のことは見えても

自分も案外、同じことをしているかもしれない。

フェルデンクライスで言うところの

  aware(気づいている・覚醒している)

は、難しい。

 

心を残しながら、次へと向かう。

お道具を持つ指先にも、心を配る。

 

お点前の単なる動作の手順ではなくて、

ひとつひとつのことに気を配っていること、気づいていること。

目覚めていること。

   

ベートーヴェンの最初の交響曲 (2015.10.4

 

斉田好男先生の指揮法教室で、23か月前から取り組んでいた練習曲の仕上げとして、先週、オーケストラ総譜で指揮をして先生からOKをもらった。

 

曲はベートーヴェンの第1交響曲の第2楽章。

 

もともとは、斉田先生の先生である(小澤征爾さんの先生でもある)故・齋藤秀雄先生が、『指揮法教程』の練習課題曲として、元の曲の一部をカットしてピアノ譜にしたもの。それまで見開き1枚に収まったピアノ譜を見慣れていたので、斉田先生の前で総譜で振るときには、譜めくりを忘れていて、あたふたしてしまった(総譜はすべての楽器パートが縦に同時に書かれているので、どんどんページが進む)。

 

先月、小澤征爾さんと大江健三郎さんの対談集『同じ年に生まれて』を読んだ。

そのなかで、小澤征爾さんが故・齋藤秀雄先生との思い出として、指揮法のレッスンでベートーヴェンの第1交響曲を振ったときのことが出てきて、ハッとした。

私が勉強中だったその曲のピアノ譜には、タイトルが“AUS DER ERSTEN SYMPHONIE”とだけ書かれていて、長いこと気にも留めていなかった。それが、ふと調べてみて「第1の交響曲より」という意味だと知ったのは、その本を読む少し前だったのだ。小澤さんと齋藤先生とのエピソードは、まさにこの曲だ。もし、そのまま意味を調べていなければ、小澤さんのその言葉を読んでも、ピンと来ていなかった。

 

ベートーヴェンの第1交響曲は、文字通りベートーヴェンが最初に書いた(つまり一番若いときの)交響曲だが、それ以降の交響曲に比べれば、あまり演奏される機会は多くないそうだ。実際、「運命」や「田園」、「合唱付き(第九)」のように、誰でも一度ならずメロディを耳にしたことがある曲ではない。

 

それが、たまたま今夜、NHK交響楽団の演奏が放送されると知った(いつもN響の放送をチェックしているわけでもないのに)。しかも、つい23週間前の演奏会。

 

連なった2つの小さな偶然。今夜の放送が楽しみだ。

 

クールで、あったかい対応 (2015.9.30

 

アメリカに住む14歳の少年が、一から自分で作った時計を、工作の先生に見てもらいたくて学校に持ち込んだところ、授業中アラームが鳴って爆弾と間違われて大騒ぎになり、逮捕されてしまった(914日)。それに対してオバマ大統領が「クールな時計だね。ホワイトハウスに見せに来ないかい」と招待した。

――という話を聞いて、粋な対応だなと思った。

 

その少年がムスリムだから、「これはイスラーム系住民への差別・偏見ではない」とアピールしたい政治的意図も、もちろんあるのだろうけど。

でも、少年の「先生に見せたかった」という素直な気持ちが、誤認逮捕で人権を無視されたことで、本当に心が捻じ曲がってしまって、せっかくの能力で将来本物の爆弾を作ってしまう…可能性だって、なくはない。本当の(多くの人が誤解しているが)イスラームは、しごく真っ当で正しい宗教だから、帰依しているその少年なら、もともとそうならないだろうけど。とはいえ、不当に扱われれば、人間の心は傷つきやすいものだ。

だから、オバマ大統領がさらっとこういう対応をしたのは、クールだし、しかも人を人として尊重するあたたかさも感じる。大統領に褒められたら、うれしい。少年の名誉と自尊心も回復するし、よし、もっと頑張ろう、と思うだろう。大人の対応は非常に重要だ。

 

しかも、フェイスブックのCEOをはじめ、グーグルやNASAなど、名だたる会社や組織も、次々と少年を招待し、エールを送るコメントを送ったという。

 

クールじゃないか、アメリカ。

 

再挑戦 2015.9.27

 

小学生のころから、絵や図工は苦手で

写生大会の日などは、苦痛以外の何物でもなかった。

 

家庭科も苦手で、

中学でパジャマをつくる実習も、どうしていいか分からず

とうとう、パジャマの下(ズボン)しか完成できないまま終わった。

 

総じて、手で具体的に何かを作ることそのものが苦手だった。

というか、「不器用だから、できない」と自分で決め込んでいた。

 

といっても、絵や美術は嫌いではなく、

大学生以降、お金を払って美術展や展覧会はよく観に行った。

つまり、絵に関しては、私は完全に「観る」側だった。

 

今でも、何かの折に絵を描くよう言われると、ぞっとする。

思考が停止し、どうして良いか分からなくなる。

 

その私がこの連休中、再び挑戦したことというのは、

絵を描くこと。

 

 

7年前に、『脳の右側で描け』B.エドワーズ 著)という本を見つけた。

絵の描き方が学べて、苦手な人でも描けるようになる、というのだ。

思えば、“根本的な”絵の描き方を学校で教えてもらった記憶がない。

(「ここはもっと濃く塗りなさい」という指導はあっても。)

 

その当時、職場の仲間に絵の上手な人がいた。

私が「その本を買って、絵を学ぶことに挑戦してみる」と言うと、

心優しい彼女は、言葉で励ますのみならず、

本に用意するようにと書かれている小道具一式を

ひょいひょいと家で作ってきて、さらに

マスキングテープや画用紙、消しゴム、その他の小物まで

用意して、大きな封筒に入れて渡してくれた。

 

封筒には、「健闘を祈ります!」というメッセージまで入っていた。

 

本に書かれている小道具というのは、

アクリル板や黒画用紙を寸法通りに切り、枠をつくったもの。

私なら、それを準備する時点で、まず面倒なあまり挫折するのに、

それをひょいひょいと簡単に作れるフットワークの軽さが

絵や図工の得意な人ならでは、なのだろう。

 

何日か休日を使って、本の中の課題に沿って、何枚も絵を描いた。

著者の提唱するあれこれの技を使って描くと

私の絵とは思えないほど、なかなかうまく描けた。

 

 

・・・というのは、7年前の話。

いつの間にか、やめていた。

だんだん本の要求が高度になり、というか手が込んできて

面倒になって、本の半分ほどのところで挫折していた。

 

再挑戦というのは、実はこの本への、7年ぶりの再挑戦。

また一から本の課題に取り組んで、

封筒には、もう何枚か、描きあがった絵がたまった。

 

本書では、言語的分析的な左脳モードを黙らせ、

非言語的で直感的な右脳モードで描くことを教えている。

絵を描くのに適した右脳モードに切り替わると、

言葉が出てこなくなり、ただ没頭して楽しい状態になる、という。

 

だが、私の左脳モードはかなり強固なようで、

筆者の言う通りに描きながらも、頭の中のおしゃべりが止まらない。

複数の登場人物が対話し、頭の中でドラマが放映されているようだ。

なかなかランナーズハイのような状態には至らない。

 

さぁ課題に取り組もう、というスィッチが入るにも時間がかかり、

内心いやいや自分を持っていく。

「小さいころから、絵を描くときが一番楽しかった」と言っていた

友人の心境に、私も早くなってみたいが、道は遠い。

 

とはいえ、この前、ある名画を見たときに、

ほんの少し、描く人の側に立ってその絵を見られた、気がした。

いつもなら完全に観る方の「こちら」側から見ていたのが、

透明な仕切りガラスの「向こう」側に自分が立って、

「こちら」側を見たような気がしたのだった――。

 

今日も夕方になって、ようやく描く気になり、

やっとのことで1枚描き終えた。

気がついたら、大きな丸いお月様が、

まだうす明るい東の空に上り始めていた。

 

今夜は、晴れて、中秋の十五夜である。

 



とんぼ返りで奈良へ

 (2015.9.18)


金曜日で開館時間延長、というので

レッスン後、三宮から奈良へ。


薬師寺の月光菩薩が圧巻だった。


阿弥陀三尊像(伝橘夫人念持仏)

後屏風の模様が、また素晴らしかった。

まるで、音楽が流れているようだった。




本物の色 (2015.8.29

 

昨日、ある展覧会に行ってきた。

会期末近かったが、遅い時間帯のためか

思っていたより客は少なかった。

 

いわさきちひろの原画展。

 

本や雑誌で今までに何度も目にした絵、

その本物を、間近で見ることができる。

 

ときどき客足が途切れて、絵を独り占めにできる瞬間も。

 

 

原画展の素晴らしさは、やはり本物の色にある。

どんなに絵本の印刷技術が素晴らしくても、

本物の色づかいを見ると、うわぁーっと思う。

うわぁ、きれいだなぁ、と思う。

 

ただ可愛いだけではなくて、絶妙な色合いの新鮮さに驚く。

本物の絵のもつ深み、奥行きが、

印刷された絵と比べることで、あらためて立ちあがってくる。

 

それに、原画は楽しい。

 

雑誌の表紙で見る、ある絵は、実はずっと小さかったり、

可愛らしい印象の女の子の絵は、ずいぶん大きくて立派な絵だったり。

よく見ると、実は白い絵の具で消した跡があったり。

紙に絵の具だけではなく、貼り紙をしているのに気づいたり。

 

絵の紙に、何かの拍子につけてしまったらしい皺を見つけたときは、

「画家は焦ったやろな」とか。

 

 

一流の音楽家の演奏は、たとえCDで聴いても素晴らしい。

だが、本物の演奏会で、音の響きに身を浸す生の体験は、

その場に居合わせた、限られた人だけが味わえる、別次元のこと。

 

響きが体に触れてくる。

色が体に触れてくる。

 

情報や知識がネットで簡単に手に入る時代だからこそ、

今この瞬間を共有するという生の体験が

これから、ますます輝きをもつことになる。たぶん。

 

 

続・ 又吉直樹氏に、フェルデンクライスを!  2015.7.21

 

又吉さんの根暗っぽさに前から好感をもっていた、と昨日書いたが、我ながら、いかにも芥川賞受賞直後のにわかファンのようで胡散臭い。(もちろん、芥川賞をきっかけに彼の良さを知りファンになる人がいるのも良いこと。)

 

私はファンというほどでもなく、考えてみたら、又吉さんの漫才を見たこともない。テレビでたまにしゃべっているのを見かけるくらい。印象に残っているのは、以前に「アメトーク」という番組で、“読書好き芸人”として太宰治を語り、古本屋で何冊も購入する姿を見たこと。へぇ~、こういう人なのか、と思った。

もうひとつは、「ビッグイシュー」という雑誌の巻頭のインタビュー記事。正確には思い出せないけれども、「暗いと言われる自分だが、他の誰にもなれない。だから自分は“又吉直樹”をやっていこう、と思った」といった内容が、今も印象に残っている。

 

「(本の出版で注目され)急にこの半年くらい騒がれても、浮かれられない。あまりにも長いことゴミのような扱いを受けてきたので」と芥川賞受賞の特集で言っていた。

高校卒業後に大阪から東京に出て、10年くらいは売れない下積みの時期が続いたという。仕事もなく、本を読むことで飢えを凌いでいたころもあったとか。種から出た芽が地上に出るまで、淡々と養分を蓄え、根を伸ばしてきたことを、誰も知らない。

 

 

フェルデンクライスは、見た目にカッコいい凄いポーズを決めるわけでもなく、頑張って筋肉を鍛え上げるわけでもなく、音楽に合わせてリズム良く体を動かすわけでもない。レッスンの動きを単なる“手がかり”として、自分の体を探っていく。今よりも自分にとってやりやすいスムーズな通り道を、いろいろと試してみる。

 

先日、個人レッスンを受けた方が「フェルデンクライスは、すごいですね!」と感心するので、何がすごいのかと尋ねたら、「こんなに地味で」と言われて面食らった。その方自身の感受性も素晴らしくて、まだ一、二度受けただけだが、今まで自分の中で疑問に思っていたことのヒントがたくさん見つかり、体にいろんな変化を感じているそうだ。

 

フェルデンクライスでよく言われるが、「頑張りと感受性は反比例」する。刺激が強いほど、感受性は鈍くなる。たとえば、辛過ぎる料理や濃過ぎる料理に舌が慣れていれば、だしの繊細で微妙な味わいは感じられない。同じように、自分の体の中の絶妙なつながりを感じようとすれば、大きく元気に頑張って動いてしまうと、何も感じられない。だからフェルデンクライスでは、よく「(最初は)小さく、ゆっくり動いてください」と言うのだが、それが見方によれば、地味・分かりにくい、となるのだろう。

 

分かりにくいし、パッとした派手さがないので、フェルデンクライス・メソッドを簡単な体操にまとめ、分かりやすい名前をつけて売り出している人も結構いる。もちろん、それも大事なことだし、第一、メソッドをよく理解している人でなければ簡単にまとめることもできない。

ただ、フェルデンクライス・メソッドは本来、ある天才的な物理学者が考案した、とても奥深い、大きな森のような、知的な学びの体系である。できれば私は、その源流に近いものを提供したい、と思っている。

 

 

明るくて元気で分かりやすく、声が大きくて瞬発的な芸人さんだけでなく、その逆の又吉さんのような人物が、近ごろじわじわと認められている(芥川賞受賞とは関係なく)。それが、うれしい。世間の価値観、人びとの意識が変わりつつあるのを感じる。日本では、ヨーロッパやアメリカと比べ、フェルデンクライス・メソッドが広まるのにとても時間がかかっているが、その価値が分かる人が日本でもようやく増えるだろうと思う。


 

そうそう、又吉さんならフェルデンクライス・メソッドの良さが分かるだろう、と書いたが、彼は大阪の寝屋川市出身だそうだ。

寝屋川の香里園に、同期の素晴らしいフェルデンクライス教師がいる。築百年の古民家でフェルデンクライスのレッスンを提供している安藤緑さん。http://feldenhouse.jimdo.com/  

彼女自身、体のあちこちに不具合をもっていたので、指導者養成コースではレッスンのたびに改善するのを実感していた。だからこそ今、膝痛や腰痛など、レッスンに来る生徒さんの痛みが分かるし、どのレッスンをすれば生徒さんが今より良くなるか、その生徒さんにどんなサポートが必要か、身をもってわかる。そんな宝物をいっぱい持っているから、素晴らしい教師である。

又吉さんが大阪に仕事で来るときや実家に帰るとき、ついでに安藤さんの「フェルデンクライス北斗星」に行ったら良いなぁと思う。又吉さんが好きそうな古民家だし。安藤さんも独特な笑いのセンスをもっているし。

 

おっと、ついおすすめを。以前、営業の仕事をしていた癖が出てしまった。(と言っても、学生時代の先輩・同輩からは、「西田に営業が務まるとは、とても信じられない」と言われていたのだが。)

 

又吉直樹氏に、フェルデンクライスを!  (2015.7.20)


又吉さんが、今あちこちのテレビに出ている。

芸人さんには珍しい、あの根暗っぽさ(というより、小雨の日のような物静かさ)、マイペースさに、前から好感をもっていたので、さっきもロバート・キャンベルさんとの対談に見入ってしまった。

彼がやっていること・思っていることは、本当にフェルデンクライス的やなぁ、と思う。

散歩が大好きだそうだけど、なぜ好きかといえば、一歩歩くごとに風景が変わり、自分に入ってくるものが変わるから。
今の自分の能力・才能を越えていくときに、自分以外のもの(人でも物でも)との関わりがとても重要と気づいている。

そもそも、「気づく」「発見する」ということを、とても大事にしている。
それがまさにフェルデンクライスっぽい。

彼なら、フェルデンクライスの良さが分かるやろうなぁ。

「フェルデンクライス、ええで~」と、今、又吉さんがつぶやいたら、あっという間に日本中にフェルデンクライスが知れ渡るやろうな。

若手芸人が世に出るための必須要素は「清潔で・明るく・分かりやすい」だが、「お前には、その全てがない」と言われたそうだ。

その彼が、自分を変えることなく(世の中に合わせることなく)、世間に認められた。

世間の価値観が変わり始めた
(本当は、もっと前から、水面下では変わり始めているけど)。
又吉さんが直木賞を取ったこと自体より、そのことで彼が一段と注目を浴びている今は、時代のはっきりした変わり目かもしれない。


一番星、二番星 (2015.7.14

 

久しぶりに夕空が晴れた。

 

金色とバラ色と青がまざったような

うすい菫色の、まだ明るい西の空に、

早くも金星が燦然と輝いている。

 

近くにあるはずの木星を探したが、

まだ空が明るくて見えない。

 

しばらくすると、

金星と並ぶように木星がうっすらと見え始めた。

 

木星と金星が重なるという、珍しい71日の夕空を

とても楽しみにしていたけれど、梅雨空の雲の中。

今日ようやく、隣りあう星が見えた。

 

それにしても、少しずつ夜が来るのが早くなり、

夏至の日から、もう3週間。

 

いつの間にか、空の青が深まって

あちらにも、こちらにも、一等星が見え始め、

西空の二つ星は、いよいよ輝きを増している。

 

 

私の前世は (2015.5.31

 

 

前世は、熊。

か小鳥か栗鼠…

だったか、と思うくらい、

木の実に惹かれる。

とくに、赤い実に。       

 

あ、縄文人だったかも。

 

縄文人は狩猟・採集民族、と思っていたけど

実のなる木を集落に植えたりもしていたらしい。

 

  写真は、庭の「ゆすらうめ」の実。

やわらかい緑の葉の間から、赤い実が

いくつも見え隠れしているのが愛らしいのだが

昨日、残らずせっせと摘んでしまった。

  

下の写真の奥にあるのは、

わが家で一番気に入っているティーカップ。

たぶん、この赤い実(こちらは葡萄)に心惹かれている。

 

道々の宝を見つける 2015.2.28

 

2月の終わりの日。

今日は朝からトクをした。

 

たまたまつけたラジオで聞いた、とってもいい話。

 

“『釣りバカ日誌』のハマちゃんのモデル”という、黒笹慈幾さんの

講演会「先を急がず、刺激を求める~新しいお遍路スタイルの提案」。
               (NHKラジオ第2放送)

 

黒笹さんは、私でも知っているアウトドア雑誌の元編集長だから

漫画どおりの「釣りバカのダメ社員」ではない、と思うけれど。

 

「正しい(ただしい)遍路、楽しい(たのしい)遍路」。

修行に始まり1200年続いてきた特別な旅「正しい遍路」だけでなく

これからは、「楽しい遍路」という別の路線もあっていい。

 

「のんびり楽しく、無理をしない」新しいお遍路を提唱するお話は、

最初こそ少し堅い感じだったが、話が進むにつれ、

『釣りバカ日誌』ハマちゃんの本領発揮で、どんどんノリノリに。

 

とっても楽しい。

 

これが黒ちゃんの口癖なんだろうな。

1時間の講演会で、何度もこの言葉が出てくる。

(「黒ちゃん」、お会いしたこともないのに、勝手に呼ばせてもらう。)

 

お話を聞いていて、

黒ちゃんの歩き遍路のススメはフェルデンクライスに似ている、

と思った。

 

まず、お遍路に出発する黒ちゃんに、お寺のご住職が贈ってくれた言葉。

 

「お寺には何もない」「道々の宝を拾いなさい」

 

今は、先を急いで1日にいくつものお寺を巡る観光バスもあり、

次のお寺に到着して印をもらうことが目的になっていたりする。

でも、「お寺には何もない」と言い切るご住職に、黒ちゃんは驚いた。

  

もちろん、お寺には立派な仏像もあるけれども、もっと価値ある宝は

お遍路でお寺からお寺へ歩く道々にこそある。

 

黒ちゃんが感動したこのご住職の言葉こそ、

「フェルデンクライスはゴール(目的)ではなくプロセス(過程)が大事」

ということを、とても分かりやすく表している。

 

それに、黒ちゃんの「とっても楽しい」歩き遍路と同じように、

フェルデンクライス博士が何度も言っていたのは

レッスンは「楽しく喜ばしい」必要がある、ということ。

「正しいか、間違いか」ではなく。


 

さて、その黒ちゃんの「とっても楽しい」歩き遍路には、

いくつか決めていたことがあるという。

 

まず、

・「ゆっくり遍路」・・・120kmまで。つまり、先を急がない。

途中出会った、全行程1400kmを数日で歩き切る超人的おじいさんに、

そのゆっくり具合を「あほか」と言い捨てられたとか。

                                    

・「寄り道遍路」・・・おいしいランチの店は、数km遠回りしても必ず立ち寄る。

 

・「夜遍路」・・・夜はカラオケ、居酒屋にも行って楽しむ。(あれば)

 

・「雨遍路」・・・雨の日の遍路。

ふつう、お遍路さんは雨の日は嫌がり避けたりするが、試してみた。

横殴りの暴風雨の日に歩いてみた。その結果、

散々だと分かったので、それ以降、雨の日はやめることにした。

決めつけず何でも試してみる。フェルデンクライスのやり方と似ている。 

          

・「トンネルは迂回する」

   直通で早く行けるトンネルだが、中はすごい騒音でもある。

   トンネルを迂回すると、遠回りだけど、必ずそこには

   とても景色の美しい旧街道がある。

 

そして、ゆっくり遍路には「気づきがある」。

 

あぁ、私も歩いてみたくなった。

できれば、道々みかんの花の香る、5月に。

 

 

※黒笹さんの「釣りときどきお遍路」日記はこちら。

http://www.nangokuseikatsu.com/archives/category/o-henroad

 

1つ上の選択  (2015.2.4

 

ビデオカメラを10数年ぶりに買い換えた。

 

買う、と決めてから、

どこのメーカーのどの機種にするか、いろいろ調べた。

 

前に使っていたのは、手のひらに乗る可愛いサイズで

レッスンに調べ物に、あちこち持ち歩いた。

 

使い慣れた機種に十分満足していたし

今回もそのメーカーにしようかと思っていたが、

最終的に候補に残ったのは3つ。

 

そのメーカーの、前と同じランクの機種と、

S社の同ランクの機種、

そしてS社の1つランク上の機種。

 

結局、S社の1つランク上の機種にした。

 

最初の2つの機種でも十分良かったけれど、

その機種の手ぶれ補正機能が、プロも驚いたレベルだというので。

 

その分、他の2つよりも重くなるので初めは迷ったが

この10数年での進歩はすごい。重くなる、と思った機種ですら、

前のより、20%近く軽くなっている。

 

10年先を考えたら、「これでもいい」ではなく、

1つ上を選ぼうと思った。

 

 

注文して届いた箱を見て、

「S社にして良かった」と思った。

 

もちろん、前のビデオカメラのメーカーもとても良い会社で、

他の主なメーカーもすべて、信頼できる日本の優秀な会社。

 

でも、S社のマークを見たとき

良いものを買った、S社なら間違いない、という気持ちになったのだ。

まだ箱も開けてないのに。 

 

それがブランド力。信頼感。

 

S社の「海外で絶大なブランド力」という評価も、

日本でも特に男性はS社のブランド名で買う、という話も、

プロのカメラマンもS社を選ぶ、という話も聞く。

 

でも、知識とは別の、

自分の心の奥から上がってきた信頼感。幸福感。

 

私もそうでありたい、と思った。

 

やっぱりおもろいな~ (2015.1.25

 

待ってました!

『秘密のケンミンSHOW』の、一県限定・大阪スペシャル。

            (2015122日放送)

 

かねがね、この番組は、ええ番組や、と思っていた。

なかでも大阪が紹介されるときは、期待でワクワクする。

 

やっぱり、大阪の人はええなぁ!

めちゃめちゃ面白い。

芸人(笑いのプロ)でない、一般の人が笑わせてくれる。

 

今回も、観終わってすぐに録画を直し、結局、二度

何を言うか分かっていても、また笑って幸せな気分になる。

 

「ここ、どこやと思てんねん。うどん食え!」

お兄さんの大阪弁の啖呵も、小気味ええなぁ。

 

カッコつけて気取らない合理的精神。

そして旺盛なサービス精神。

とにかく明るいのも、商人の町ならでは、なんやろか。

 

江戸時代、天下の台所「大坂」では、

財力ある商人が、日ごろ威張っている武士に金を貸したり

お上を頼らず、自ら橋をつくったりした(淀屋橋など)から、

庶民が見栄や権威を笑い飛ばす土壌がある。

 

私は大学が大阪だったので、地元・兵庫に次いで愛着がある。

その大学も、大阪財界の有力者がつくった大阪商業学校が源流の、

大阪市民による大学である。

 

もちろん、私の同級生や先輩・後輩、大阪人全員が

ケンミンショーに出てくる人と同じではない。

 

テレビ番組である以上、面白いところだけ取り上げ

編集・強調しているのは当然のこと(良いか悪いかは別として)

バラエティ番組でないニュース報道番組ですら、

制作者側が意図的に、情報を操作(とまで言わなくても)

取捨選択して放送するのだから、鵜呑みにしてはいけない。

情報はすべて、事実の一部ではあっても、真実とは限らない。


 

閑話休題。 

ケンミンショー・大阪特別編の「関西5大私鉄」比較も面白かった。

 

ところで、番組で紹介された

「阪神タイガースのイメージ」阪神電車の甲子園(西宮市)も、

「ハイソなイメージ」阪急電車の高級住宅地(芦屋市)も

タカラヅカこと宝塚歌劇団(宝塚市)も、

ぜんぶ、大阪府ではなく兵庫県ですぞ。

 

特に甲子園球場は、タイガースファン=大阪の人のイメージが強く

大阪にあると全国的に誤解されている、と思う。

ついでに言うと、十日戎の「福男選び」で有名な西宮神社も同じ西宮。

 

 

それにしても、今回はスタジオほぼ全員が大阪出身者で

皆が皆ワァワァ言うのが、いかにも大阪らしいが、

昨今、関西出身者がまさに席巻している他のお笑い番組と

あまり雰囲気が変わらないのが可笑しい。

 

1回に収まりきらない、大阪スペシャル。

次回放送の後編が、今から楽しみだ。

 

 

海に生きた男の心意気 (2015.1.15

 

明けましておめでとうございます。

 

年が明けて早くも2週間。

新年の挨拶をするには少し気恥ずかしいですが、

「松の内」は、広い意味では15日まで、とのこと。

この不調法、笑ってお許しください。

 

今年は新しいスタジオを開くべく

正月明けすぐに、具体的な買い物も始める予定だったのが、

年明けに、思いもよらない事情で一旦停止せざるを得なくなり

呆然としているうちに日が経ってしまいました(不調法の言い訳)。

 

とはいえ、この立ち止まる期間にも、何か意味はあるはず。

スタジオやレッスンのこと、今一度イメージし直す作業をしています。

 

 

年末から順調に進んでいたことに急ブレーキがかかった直後、

淡路島に行くことがありました。淡路島行きは、昨年からの予定通り。

これも行くことに決めていた高田屋嘉兵衛の顕彰館に行ってきました。

 

高田屋嘉兵衛(たかたやかへえ)。

司馬遼太郎の小説『菜の花の沖』の主人公であり、

北前船で巨万の富を成した、淡路島出身の豪商。

・・・その名前くらいは知っていたものの、とくに興味もなかった。

それが昨年から気になり、淡路島へ行くなら是非、と決めていました。

 

淡路島の最南端から北上し、着いたのは夕方4時ごろで

高田屋顕彰館(記念館)には、私がただ一人の客のようでした。

はじめに親切な係員の女性が、私に合わせて、ホールの大画面で

嘉兵衛の生涯を上映してくださった後、ゆっくり館内を回りました。

 

館内の展示に、私の心がブルブルっと震えたのは、次のことでした。

 

江戸時代の当時、船にただ商品を積んで帰るだけ。

その商品は量目も品質もいい加減が当たり前だった中で、

高田屋は、品質を何等級にも細かく分けて管理し

量目もきっちりと正しく計って、誠実に商売をしていたので、

高田屋の船の商品だけは、日本中で計らずともそのまま通用した。

つまり高田屋の「高」の印は、まさに一流ブランドの証だった。

 

また当時、松前藩はアイヌを厳しく差別・不当に搾取していたが、

函館を拠点として北方を開拓していた嘉兵衛は

アイヌの人々に敬意をもって接し、日本人と同じく厚遇したので、

アイヌの人々からも信頼され、いつも人が集まってきた。

 

嘉兵衛は少年時代、貧しさ故に、隣村の親戚の家で暮らさざるを得ず、

その村の同年代の少年たちから嫌われ、村八分にされていました。

自分が人間として正当に扱われず、心底つらい思いをしたからこそ、

後年嘉兵衛は、アイヌの人々を同じ人間として大事にしたのでしょう。

 

また、正しい量目や品質管理は、今でこそ当たり前ですが、

でたらめな量目や粗悪品も当たり前の風潮の中で、

周りがどうあれ、自分が良しとする基準に従い、誠実に商売をする。

誰に対してでもなく、自分自身に対して恥ずかしくない仕事をする。

すると、そのうち時代がついてくるのですね。

 

淡路島の貧農に生まれた嘉兵衛は、少年時代に淡路島から飛び出して

神戸、大阪、函館と、日本じゅうの海を自由に船で渡り歩き、

ついには民間人ながら大国ロシアと日本との交渉を成功させた

非常にスケールの大きな人物になりました。

 

司馬遼太郎は、そんな嘉兵衛をこよなく愛し、

「今でも世界のどんな舞台でも通用する人物」と称えたそうですが、

http://www.takataya.jp/nanohana/kahe_abstract/kahe.htm

淡路島を飛び出したきっかけは、隣村という非常に狭い範囲での、

人間関係のつまらぬ軋轢が心底嫌になったこと(身の危険もあった)。

 

歴史を振り返ってみると、

嘉兵衛にとって思い出したくないだろうその時期や経験がなければ、

後年の偉大な人物は現れなかったかもしれません。

 

中国の処世訓『菜根譚』には

 「逆境にいるときは、周りのすべてが身を養う鍼や薬となり、

  行動や信念を磨いてくれているが、人はそれに気づかない」

とあるそうですが、

まさに、自分の思うようにいかない時期こそ、

後に天高く舞い上がるための翼を準備している時なのかもしれません。

 

 

年明け早々、思いもよらない(不愉快な)出来事があった後でしたが、

私だけの貸切の(贅沢な)記念館で、嘉兵衛の生き方に触れるうち

私も、心が大きくなるような気がしました。

 

外に出ると、朝から降ったりやんだりの雨は上がって、

空気が澄み、かすかに良い香りも漂っているようでした。

 

雲間から差す夕日に、辺り一帯が金色にきらきらしていたことを、

今、思い返しています。

  

日本国憲法を世界に (2014.5.3

 

“憲法9条をノーベル平和賞に”と運動している人たちがいる。

最初に知った時、なんて素晴らしいアイデアだ!と思った。

しかも先月ノーベル委員会に平和賞候補として受理されたという。

今も署名を募集中と知り、今日、私も署名して投函した。

 

 ※関連の毎日新聞記事  http://mainichi.jp/select/news/20140503k0000m040050000c.html

 ※「憲法9条にノーベル平和賞を」実行委員会のサイト

 https://www.facebook.com/nobelpeace9jou

 

 

戦争放棄を宣言する第9条はもちろんだが、

日本国憲法の前文を、日本国民はぜひ読み直してほしい。

日本国民のみならず、日本に住むすべての人々、

地球上のすべての人々と共有する価値のある内容だと思う。

 

「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。」 (日本国憲法より)

 

“平和憲法はただの理想論”という声があるのは承知している。

だが、安全な日本国内での戦争を知らない人の机上の空論より、

海外の命に危険がある地域で活動する日本人たちの

地に足の着いた、肌感覚の言葉に耳を傾けてほしい。

「憲法9条のおかげで僕たちは守られている」という言葉に。

 

昨年2013611日の毎日新聞夕刊の切り抜きを、

私は今でも持っている。

アフガニスタンで活動する医師・中村哲さんのインタビュー記事。

特集「憲法―この国はどこへ行こうとしているのか」小国綾子記者)。

少し長くなるが、中村さんの言葉をそのまま引用したい。

 

「欧米人が何人殺された、なんてニュースを聞くたびに思う。なぜその銃口が我々に向けられないのか。どんな山奥のアフガニスタン人でも、広島・長崎の原爆投下を知っている。その後の復興も。一方で、英国やソ連を撃退した経験から『羽振りの良い国は必ず戦争する』と身に染みている。だから『日本は一度の戦争もせずに戦後復興を成し遂げた』と思ってくれている。他国に攻め入らない国の国民であることがどれほど心強いか。アフガニスタンにいると『軍事力があれば我が身を守れる』というのが迷信だと分かる。敵を作らず、平和な信頼関係を築くことが一番の安全保障だと肌身に感じる。単に日本人だから命拾いしたことが何度もあった。憲法9条は日本に暮らす人々が思っている以上に、リアルで大きな力で、僕たちを守ってくれているんです」

 

「一時帰国し、墓参りに行くたびに思うんです。平和憲法は戦闘員200万人、非戦闘員100万人、戦争で亡くなった約300万人の人々の位牌だ、と」

 

日本国憲法がアメリカから押し付けられたかどうかは、

どうでも良いこと。

アメリカにはアメリカの思惑や下心はあっただろう。

だが、それが本物でさえあれば、

自分で稼いで買ったダイヤモンドだろうが

誰かから無理に手渡されたダイヤモンドだろうが、

その輝く価値は変わらないのではないか。

 

しかも憲法には日本人たちの自主的な案も盛り込まれている。

そして、戦争を生き残った人たちが

どんなにこの憲法を喜んだかを、今も語っている人がいる。

 

世界がいよいよ混迷を深めているように見えようとも、

日本国憲法がたとえ“子どもっぽい理想論”に見えようとも、

この日本国憲法の理想が世界の標準になる日は近い、と思う。

 

 

「柔道はオリンピック競技にさせない」と言ったIOC委員  (2013.2.1

  

「柔道はオリンピック競技にさせない」と言った、  

国際オリンピック委員会(IOC)委員がいました。

アジア人初のIOC委員となった人です。

その人こそ、柔道を創始した嘉納治五郎その人でした。

 

嘉納治五郎は、後に東京オリンピックの招致に成功

1940年。戦争の激化により返上)

それでも、自分が生きている限り、柔道をオリンピックに参加させることも、

体重別にすることも認めなかったそうです。

 

「柔道がオリンピックの競技になったら、

 柔道は台無しになるだろう」と。

 

この嘉納治五郎の言葉を伝えたのは、

モーシェ・フェルデンクライスというユダヤ人。

嘉納本人に見込まれ、柔道をヨーロッパに導入することを嘱望された人です。

嘉納治五郎は、フェルデンクライスを立派な柔道家にするために、

フェルデンクライスが住んでいたパリに最高レベルの柔道家を送り込み、

援助を惜しまなかったそうです。

(嘉納とフェルデンクライスの出会いはドラマチックですが、省略。)

 

その結果、フェルデンクライスはヨーロッパ初の黒帯保持者に。

また、今や人口比で日本の6倍の柔道愛好者がいるフランスの、

フランス柔道連盟(前身)の設立にも関わりました。

 

 

そのフェルデンクライスが、あるインタビューで

「柔道がオリンピックに含められたら、柔道は終わりだ」

と言った嘉納教授は不幸にして正しかった、と述べています。

 

フェルデンクライスは言います。

今では、柔道の本質に反する暴力的な力がすべて、

 ということになっている

柔道は、あなたが相手の強さを使うことを学ぶ教育なのです」

小さい人が大きい人を投げ飛ばすことができるのが柔道なのです。

 

フェルデンクライスがこのインタビューに答えたのは、1977年。

35年以上も前のことです。

 

 

柔道のオリンピック代表の監督の、選手への暴力が

ついに表沙汰となり、問題になっています。

オリンピックで金メダルを取ることへの尋常でない重圧。

勝利至上主義。

 

フランスなどヨーロッパでは、勝つためのスポーツとしてではなく、

礼節や精神性を学ぶために柔道をする人が多いそうです。

 

オリンピックの試合で、相手選手への礼儀から

勝ってもガッツポーズをしなかった外国人選手がいました。

 

嘉納が死ぬまで守ろうとした柔道の本質は、

今はどこにあるのでしょう?