“マルハナバチの羽音”[ブログ]

....a humble bumblebee bumbles bumbling....

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チョコレート (2017.2.14)

 

バレンタイン・デーにチョコレートを贈る―

それを日本に広めた最初は、神戸のモロゾフ。

今年がちょうど、それから85年目だそうだ。

当時は昭和の初め、『べっぴんさん』でいえば

主人公・すみれがまだ幼かった頃。

戦争前で、こころ豊かな時代だったのだろうなぁ。

 

2月に入ると、デパートをはじめ

いたるところに宝石のような贅沢なチョコレートが並ぶ。

一年で一番寒いこの季節、

綺麗な包み紙や美しい箱とともに、見ているだけで幸せな気分になる。

 (食べるのはもっと幸せである、もちろん。)

 

映画『ショコラ』(2001年)のように、

チョコレートには、“魅惑”的な雰囲気がある。

実際、チョコレートは古来“媚薬”だったそうだから

甘い“「愛の贈物」チョコレート”(byモロゾフ)

まさにナイス・アイディアだった。

 

個人的には、学生のころの、ちょっと苦い思い出もある。

付き合い始めた相手にチョコレートをあげたら

「君がチョコレートをくれるような人だとは思わなかった」

と言われた。言わんでもええのに。

まぁ私の方が、どちらかといえば

女の子からチョコレートを渡されるようなタイプだったので。

「あげなきゃよかった」と思った。

その後、二度とチョコレートをあげなかったことは、

言うまでもなかろう。

 

“声の覆いを取る”歌唱法 2017.1.28 / 2.1詳細追記

 

声楽家・川井弘子さん著『うまく歌える「からだ」のつかいかた』(誠信書房)でも

フェルデンクライスは、アレクサンダー・テクニークと並んで

 歌う人に役立つ「からだ」のメソッド”として紹介されている。

        (この2つにロルフィングを加えて「三大ボディ・ワーク」と言われる。)

しかし、フェルデンクライスも、アレクサンダー・テクニークも

歌そのもの、発声自体をどうこうするのではなく、

“声のために体を整えるのに役立つ方法、技術”なのである。

 

実は、2年前から私が興味を持っている、歌そのもののレッスンがあって

「アンカヴァーリング・ザ・ヴォイス」という。

まさに、“声の覆いを取る”という歌唱法である。

岡山在住の先生が(兵庫・大阪を通過して京都に教えに来られるのを

兵庫在住の私が(大阪を通過して)京都まで受けに行っている。

岡山は兵庫の西隣り。兵庫県内で受けられたらお互い楽なのだけれど。

 

と思っていたら、今年4月に神戸で

「アンカヴァーリング・ザ・ヴォイス」の講座が開かれることになった。

私が習っている林百香先生がフィンランドの「歌の学校」で習っていた

メリヤ・パルム先生(つまり、先生の先生)の特別講座。

 

今まで、声楽のレッスンや発声講座は多くの先生から受けてきたが、

「アンカヴァーリング・ザ・ヴォイス」は、一般的な発声法とは全く違う。

私の敬愛する大森地塩先生の発声法やトマティス、フェルデンクライスとは

基本的なところが共通する、と私はひそかに思っているけれども、

シュタイナー教育との関係もあるので、また違う色彩を帯びている。

 

4月1~2日に岡山の牛窓で、メリヤ・パルム先生の合宿講座が開かれる。

「せっかくなので関西でも」ということで、

今回はラッキーにも、神戸で半日講座が開かれることになった。

何ならフィンランドの「歌の学校」も体験してみたい!と思う私にとっては

こちらへフィンランドから先生の方が来てくださるのだから、ありがたい話だ。

 

 ★神戸講座

と き 48日(土)10時~12

  ところ 神戸文化ホール練習室4 

  参加費 4,000

      ※詳細はこの下のチラシをダウンロードしてください。

         ※4/1(土)~2(日)に岡山(牛窓)で合宿講座があります。

                                   ↓

アンカヴァ春の講座_2017_pdfチラシ.pdf
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スポーツ、ダンスをする人なら・・・ (2017.1.12

 

「良い声のための体の使い方」というフェルデンクライスの講座を、ここ数年やっている。

でも、逆説的だが「声のためだけの体の使い方」があるわけではなく、 “上手な体の使い方”は、歌をする人も楽器演奏、演劇をする人も、ダンスやスポーツをする人も、また腰痛や肩こり等を何とかしたい人も、実は、基本は同じなのだ。

 

歌うとなると、たいてい「もっとお腹を使いなさい」「のどを開きなさい」という指導が多いが、実際のところ、肩甲骨・股関節はもちろん重要、それどころか足も胸も腕も頭も、目までが関わっている(→「良い声のための体のレッスン」2016

とはいえ、歌うとき、外見上は体にそう大きな動きがあるわけではない。

 

この2月と3月、スポーツ、ダンスをする人向けにフェルデンクライスの1日ワークショップを開催する。題して、

「スポーツ、ダンスをする人なら、知っておきたい体のこと

欧米で活躍するくらいのダンサーなら当たり前のように知っている、フェルデンクライス・メソッド。そりゃそうである。よく知られた、上手なアマチュア・スポーツマン(本業は物理学の教授)だった、しかも柔道の創始者・嘉納治五郎に直接見込まれて外国人初の黒帯を取ったフェルデンクライス博士がつくった、動きを使って体の機能を向上させる体系的方法なのだから。

 

今回のテーマは、基本編として「肩甲骨」「股関節」だが、肩甲骨・股関節のことを知識的に知ってもらうだけではない。それらが体の他の部分とどのようにつながり、関わり合って働くかを、体験的に自分自身で探っていく。それも、小さなシンプルな体の動きを通して。だからこそ、動きそのものがメインであるスポーツやダンスをする人であれば、より直接的に役に立つだろう。

 

もちろん、スポーツやダンスをしない人でも、誰でも参加OK。少人数制なので、心をゆるめて、一緒に探っていける。

神戸市の東(226)と西(326)とで。

またどんな新しい方と出会えるだろうか。楽しみだ。

        ※チラシはこちら

           ↓ 

1日ワークショップ案内
2017年1月チラシ うら.pdf
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フェルデンクライスとは
2017年1月チラシ おもて.pdf
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魔法の勉強 (2017.1.1

 

ある人が

「勉強は、本当は楽しいんだ。

成功法則がたくさん詰まっている魔法を

勉強しているのと同じだから」

と言った。

 

物理学の延長で、月へ行くロケットが作れた。

飛行機だって、昔の人から見れば、魔法と同じだ、と。

 

本当にそうだ。

 

私が勉強しているフェルデンクライス・メソッド。

「メソッド」というのは、創始者でなくても

誰でも再現できるように方式化したものだから、

まさに、成功法則がたくさん詰まった魔法だ。

 

指導者養成コースの生徒だったころ、

説明しながら実演してくれる先生方の技術に

「まるでホグワーツだ」としみじみ思ったことを思い出す。

     ※ホグワーツ:ハリー・ポッターが通った魔法学校

 

欅(けやき) (2016.12.19)

 

お茶のお稽古で、

先生が珍しい棗(抹茶を入れる器)を持ってきてくださった。

 

木目の美しい棗で、材は欅(けやき)の木だそうだ。

つややかな明るい茶色の木目に、

金色で丸い鈴のような模様が三つ、四つ描かれている。

「つぼつぼ紋」というそうで、

ころんとした模様も名前の響きも、可愛らしい。

 

欅といえば、日本家屋の建築や家具に使われる

大きくて堅い木だと思っていたので、

「欅でできていて軽いのよ」と先生がおっしゃったのが意外だった。

 

「けやき」の語源を調べると

“際立つ、美しい”の意味の「けやけし」が由来らしい。

遠くからも姿が目立って美しい、ということなのだろう。

 

近くの公園にも、大きな欅が立っている。

その姿は「箒を逆さにしたような」と言われるが、

葉をすべて落とした冬の今、むしろ名前の文字どおり、

空に向かって、うーんと大きく手を挙げているような

気持ちのいい姿で、立っている。

 

私の、大好きな木である。

 

フェルデンクライスと柔道 (2016.12.5)

 

フェルデンクライス・メソッドの教師なら誰でも、

このメソッドと柔道との深いつながりを知っている。

  (柔道家フェルデンクライスについては、こちらのページの下へ)

 

私たちも指導者養成コースの1年目のときに

アメリカ人の先生から教えられた。

というより、

「えっ!日本人なのに知らないの?!」と、呆れられた。

世界中の指導者養成コースで教えられていることなのに、

私たちのほとんどが知らなかったので…。

 

1970年代のインタビューでフェルデンクライス博士は、

このメソッドが相当大きな影響を柔道から受けていると答えている。

 

5月にアメリカで参加した、ミア先生&レオラ先生の

7日間のマスター・プラクティショナー・セミナー1では、

最終日のレオラ先生による「柔道レッスン」が一番印象的だった。

 

フェルデンクライスのメソッドと柔道のつながりについて。

「身体的、哲学的、心理的、そして単に技術的な要素があります」

「まず哲学的・心理的に、柔道では“地面は友だち”。

“地面は友だち”というのはアジアの文化、

とくに日本では基本的なことです」と話し始めた。

「それに対し、西洋の文化では室内でも靴を履き、足裏を感じず、

 自分自身から切り離されていく。転ぶことを恐れる。」

「でも柔道は、安全に転ぶことを学ぶものです。心理的には、

何かに失敗(躓き転ぶ)しても、そこから立ち上がれること」。

 

さらに、つねに動きの中でバランスを維持し、自分の中心にいること。

足裏を地面につけたまま「すり足」で素早く左右前後に移動して見せ、

 これは“日本の劇場”(能・狂言の舞台)の歩き方だと説明しながら

参加者全員にも実際にさせた。

日本人が欧米人の歩き方を(憧れをもって)真似することはあっても、

アメリカ人をはじめ世界中からの参加者たちが

一斉に「すり足」で素早く移動する練習風景は、滅多に見られない!

 

華奢なレオラ先生が大男のアメリカ人を相手に、互いに襟と肘を持ち、

指一本で相手のバランスを崩す実演をするなど

柔道とこのメソッドのつながりに関する興味深いレクチャーが続いた。

いかに柔道とこのメソッドが本質的なところで一致しているかが

よく分かった。

 

フェルデンクライス博士が作ったレッスンは1000を超えると言われ、

そのメソッドを、非常に奥が深い茫洋たる森のように感じていた。

だが、

4年間の養成コースで学んだ多岐にわたる事柄やテクニックの数々も

レオラ先生の柔道レクチャーを通して、扇の要のように

すっきりと一つのことに集約されていくような感じがあった。

 

それに、レオラ先生が(フェルデンクライス博士やミア先生と同様に)

本の文化に深い敬意を表してくれるのは、日本人として

うれしく誇らしかった。

 

中学生のころ3年間、家族で日本に移り住んだレオラ先生は、

毎日5時間、講道館で稽古をしたという。

   (日本人以外の女性で最年少の黒帯取得者)

一方、大蔵流で狂言の稽古にも励んだ。

幼少時より博士本人からそのメソッドを空気のように吸収し、

柔道の本場で柔道を学んだレオラ先生。

世界中に彼女ほど、このつながりを説明する適任者はいるまい。

「このレッスンを受けただけでも、こんな遠くまで来た甲斐があった」と思った。

  (サンフランシスコからさらに飛行機で4時間のオースチンにて)

 

11月にはこのセミナー2に参加し、帰ってきてちょうど3週間。

何かつかめてきたような気がしながら、今回もどっさり学んだことを、

 ゆっくりゆっくりと牛のように反芻している。

 

 

大統領選挙 2016.11.16

 

昨日の深夜、アメリカから帰宅した。

  (5月に続き、ミア・シーガル先生とレオラ・ガスター先生による、

   フェルデンクライスのMaster Practitionerセミナーに参加。)

 

今回は往復とも5月とは違う経路で

初めての空港での乗り継ぎが少々不安だったが、

振り返れば、とてもスムーズに家まで帰って来られた。

 

神戸空港、羽田空港、成田空港、ヒューストン空港、

オースチン空港、ロサンゼルス空港と、今回使った空港は6つ。

ロサンゼルスや羽田、成田空港と比べたら

本当に小さくて可愛い空港なのだけれど、 

夜9時半、予定通りに神戸空港に戻ってきたときには、ほっとした。

 

ところで、今回の稀な経験のひとつは

大統領選挙当日を、アメリカで体験したこと。

宿泊型のセミナーで、参加者の大半はアメリカ人だった。

インド人やイタリア人、ロシア人で米国籍を取得した人たちもいる。

夕食後、宿泊棟の談話室でテレビの開票速報を見ていると、

次々に彼らが入ってきて、州ごとのクリントンVSトランプの

得票率が出るたび、うわぁうわぁ一喜一憂していた。

 

イタリア移民の女性は

「トランプが勝ったら本当に恐ろしいことになる」と真剣に言い、

別のアメリカ人は「ヒラリーは好きじゃないけど、トランプよりマシ」と言い、そこにいた全員がヒラリー側を応援していた。

皆と一緒に開票速報を見ている間、接戦ながらヒラリーが劣勢だった。

10時か11時過ぎ、皆より先に談話室を後にしたときには、

「そうは言っても最後はヒラリーが勝つだろう」と思っていたのだが。

 

翌朝、食堂で参加者の1人に、選挙結果は知っているかと尋ねると

「あぁ、知っている」と言い、まさかのトランプ勝利だった。

後日、「トランプが勝った夜は、ショックで2~3時間眠れず、

ベッドでじたばたした」と言った人もいた。

当選の翌日にも、PCでニュースをチェックして

「トランプ勝利に反対のデモをしている人が大勢いるらしい」と

教えてくれた人もいた。

 

トランプ氏のような人物が大統領になるアメリカという国が、

失礼ながら、何か滑稽に思えた。

しかし今は、選挙中とは発言や態度を変えているというトランプ氏が

実は良識がある人物で、ブッシュ以前の大統領たちとは違う

良い方向に舵を取っていくことを、期待している。

 

神戸の紅茶 (2016.10.8

 

神戸が舞台のNHK朝ドラ「べっぴんさん」が始まった。

 

3話でも、さっそく神戸の文化というのか、

神戸らしい事柄が次々に出てくる。

 

そのひとつ、市村正親さん演じる靴屋の店主が、

こっそり工房に入り込んだ主人公を見つけて驚き、

話を聞きながら、主人公に紅茶を出すシーン。

紅茶の色が映えた綺麗なティーカップが印象的だった。

   (しかもシナモンのスティックでかき混ぜるとは!)

 

神戸はパンやスイーツの街として、少しは知られているが

実は、紅茶の消費量も日本一。

全国平均の2倍近いらしい。

 

「僕のお祖父さんは、まだ幼かった娘(彼のお母さん)の手を引いて

紅茶の講習会を開き、神戸に紅茶を広めていったんや」

――と、何年も前に、神戸紅茶株式会社の社長(当時)から

伺ったことがある。

90年前の大正14年創業、神戸紅茶株式会社の前身の創業者のことだ。

           

そうやって広まった紅茶を、昭和9年の『べっぴんさん』の中で

腕のいい靴職人が、お得意さんのお嬢さんに供している。

きっと仕事の合間に自分でも、紅茶で一休みしたりするのだろう。

そう思うと、感慨深かった。

 

ちなみに昭和32年、日本初のリプトンのティーバッグ製造工場に

指定されたのは、この神戸紅茶の前身、株式会社須藤だ。

現在、全国的には“紅茶なら○○”と思われている店があるらしいが、

神戸紅茶は、単に紅茶を輸入しているだけでなく、

全国に数人しかいない「紅茶鑑定士」がいて

“日本の水に合った”紅茶を開発している。

名前よりも、“本当の紅茶が分かる”人に飲んでほしいものだ。

  

・・・おっと。

思わず宣伝してしまったが、私は神戸紅茶の回し者ではない。

でも、少し歴史を知っていると他の人に教えたくなるし、

それにストーリーのある神戸紅茶が、私は好きなのだ。

だが、神戸紅茶はかなりリーズナブルなので、残念ながら

「高価でなければ上等でない」と思っている人は味わえないかも。

 

以前、あるお宅で、「これがおいしいんですよ」と

出してくれた一碗の紅茶が、忘れられない。

 

神戸紅茶のNo.18(イングリッシュブレックファスト)を注いだ

ティーカップに、その方がベランダで育てている

ラベンダーの花の蕾をひとつ、浮かべてくれたのだ。

カップを口に近づけると、ふわっとラベンダーが香った。

 

ほんの短い「その季節」しか、味わえない紅茶だった。

 

    ※神戸紅茶: http://www.kobetea.co.jp/history

 

  

 

祝!ノーベル賞受賞 (2016.10.3

 

大隅良典さんがノーベル賞を受賞したというニュース。

いやぁ、めでたい。

 

「みんなが寄ってたかってやっているテーマよりも

誰もやっていない研究こそ面白い」

と言い、「人と違うことをやる」へそ曲がりだという。

 

大隅さんがこれを研究し始めたのは27年前。

当時は誰も見向きもしなかったのだろうし、

助手もいない「たった1人の研究室」だったそうだ。

 

「人がやらないこと」をやり、自分が面白いと思うことを

ただやり続けたということ。

ここ数年、大きな賞を続けてもらうようになったそうだが

とすれば何年も何年も、

今やっていることが将来、実を結ぶかどうかも分からないまま

これだと思う自分を信じ、ただただやり続けたということ。

それが、すごい。

 

 

ノーベル賞といえば。

若き日のフェルデンクライス博士が共同研究者を務めていた

フレデリック・ジョリオ=キュリー(キュリー夫人の娘婿)が、

ノーベル化学賞を受賞した。

「その瞬間を目撃したのは私の幸運だった」

フェルデンクライスは、のちに書いているが、

ある日、研究所から帰ろうとするとき、フェルデンクライス博士は

フレデリックに声をかけられ、一緒に寄った新しい施設で

ノーベル賞につながる発見の瞬間に立ち会ったのだった。

 

大隅さんのかつての研究仲間や生徒、もちろん今の学生たちも

みんなが大隅さんの受賞の栄誉を、心から喜んでいる。

81年前のフレデリックのノーベル賞受賞も、

きっとフェルデンクライスをはじめ研究仲間がみんな 

我がことのように喜んでいたに違いない。

 

若冲をハシゴ 2016.8.27

 

生誕300年で、盛り上がりが凄いらしい。

近年、急に大注目を浴びている、江戸時代の絵師・伊藤若冲。

若冲が生まれ活躍した京都に、展覧会を見に行った。

 

細見美術館には若冲が20点以上あり、今だけ一堂に見せてくれる。

http://www.emuseum.or.jp/exhibition/ex048/index.html 94日まで)

 

倉庫のような鉄の扉が開くと、いきなり、水墨画の鶏の数々。

黒一色、というのは正しくない。

墨だけでも濃淡と緩急、太細を自在に使い分け、

鶏が生き生きとして一幅の中に存在している。

特に、一気に描いた尾羽には、本当に鶏の動きまで見えるようだった。

 

その後で向かったのが相国寺の承天閣美術館で、

相国寺は若冲が「動植綵絵」や「釈迦三尊像」を寄進した寺だ。

その「動植綵絵」は明治以降、皇居が所蔵しており、

元の所有者・相国寺では、今、原寸大の精密な印刷が展示されている。

 

もちろん、本物が見られるに越したことはないけれど、

(今春東京での「動植綵絵」も出品された若冲展は3時間待ちだったとか)

テレビで細部をアップで見ていた数々の絵が、実物と同じ大きさで

部屋の壁一面にぐるりと30幅掛かっているだけでも迫力だった。

(東京かららしい団体客が「3時間も待って見た絵がこんなところに!」と叫んだ)

 

しかも本物の「釈迦三尊像」が、部屋の奥に「動植綵絵」の中心に

釈迦如来が両脇に普賢菩薩・文殊菩薩を従えるようにして、

並んで掛けられていた。

若冲が深く仏教に帰依していたことを、ここで初めて知った。

ここ相国寺では、観音懺法法要のたび

これと同じ形・順番で30幅が飾られたと知ると、やはり感慨深い。

 

さらに第2展示室では、金閣寺(実は相国寺の塔頭寺院の1つ)の

大書院の障壁画50面(重要文化財)すべてが展示されている!

これもテレビで見知っていたものの、

まさかここで本物を見られるとは思っていなかった。

http://www.shokoku-ji.jp/j_now.html 若冲展、124日まで)

 

承天閣美術館は「動植綵絵」が本物ではなく印刷物というのが

敬遠されているのか、見に来ている人が少ない。

そうだとしたら、もったいないことだ。

倉庫風の鉄扉のある近代的建物の細見美術館(個人美術館)に対し、

承天閣美術館は総本山の広大な敷地の一角に立つ、純和風の建物。

靴を脱いで入る美術館内はカーペット敷きで、お香の匂いが漂い、

2展示室へ向かう途中には、ガラス越しに石庭が眺められる。

この寺で自身の永代供養を望んだ若冲の精神的背景にも触れられる。

 

ところで、「動植綵絵」のカラフルさは、

墨の鶏を見慣れた目に、ものすごい情報量に感じられた。

緻密に描き込まれた絵、最高級らしい顔料を惜しげもなく使い、

何色にも塗り分けられ、重ねられた色。

画面いっぱいに描かれ、絵によっては色彩の氾濫にも感じられた。

 

その極彩色の絵の中で、鳥や魚たちは静止して見えた。

ちょうど歌舞伎役者が見栄をきるように、

空間上、絶妙な位置と姿勢で、ピタッと止まっていた。

墨一色の鶏たちの方が動いて見えたのは、なぜだろう。

 

承天閣美術館でもたっぷり時間を過ごし、外に出たら、もう夕暮れ。

いつの間にか体が冷えたので、近くの店で熱いお茶など飲んで

あったまって帰ろう。

・・・と思ったら、店内の方がよっぽど低温設定で、とても寒かった。 

 

でも、ニューヨークチーズケーキはおいしかった。小さかったけど。

 

ゆる~いファン 2016.8.14

 

今年は全部で8つ見えた。

 

ペルセウス流星群の話である。

ピークの12日深夜から翌未明に6つ、14日の未明に2つ。

 

昨日も今日も、夜空にうっすらと靄がかかったようで

夏の大三角をはじめ、明るい星がいくつか見えていただけ。

流星群を見るにはあまり良い条件ではない。

ベランダで510分、ぼーっと空を見上げていれば

あっ、1つ流れた、というような、ゆっくりペースだった。

 

ペルセウス流星群で思い出すのは、

大学生のときの山行会の夏合宿。

北アルプスの稜線上に寝転がって見上げた星空だ。

 

真向いの大キレットに夕日が堂々と沈んだあと、

さえぎるものなく広がる空に、星が次第に数を増した。

 

・・・はて。どれくらいの流星を数えたのだろう?

肝心の流星のことは覚えていなくて

(街なかでより、よほど多かったに違いないが)

思い出されるのは、

大キレットの岩稜の切れ込みに入り込んでいくオレンジの夕日、

銀マットを地面に直敷きし、仲間と並んで流星群を見たこと、

北アルプスのど真ん中なのに、意外と町の灯りが明るかったこと、

そして、

こんな贅沢なロケーションで、ペルセウス流星群を見たのだ!

という誇らしい気持ちと。

                                       

 

小さいころ、母に連れられて、妹と私と3人で

ハレー彗星を見に行ったことを覚えている。

寒い冬の真夜中だった。

後に聞いたところでは、子どもの教育のため、というより

母自身が見たかったが夜中に1人で行くのが怖かったから、らしい。

しかし、ともかく、そんな母の影響もあったのだろう、

私も、ゆる~い天文ファンになった。

 

小学生のころ、祖父が買ってくれた学研まんが

『星と星座のひみつ』を、私はよく読んだものだった。

今では考えられないが、当時まんがは

「教育上良くない」と言われていた。

(国語の授業で「まんがを読むのは悪いか」というテーマで

 作文を書かされたこともある。)

だが、天文学のごく基本的なことを、

私はこのまんがで楽しみながら学んだ。

 

大学に入って間もないころ、地学(一般教養)の最初の授業で、

Y教授が南極調査に行ったときのスライドを何枚も見せてくれた。

そのうちの1枚には、

真っ白な雪原に、ポツンと犬の糞のような黒い物体が写っていて

「これは何だと思いますか?」 Y教授が質問し、

「当てた人にはご褒美をあげます」とおっしゃった。

教室中、誰も答えないので、思いきって手を挙げ

「隕石です」

と答えたところ、Y教授はちょっと驚いて見せて

「あとで私の研究室にいらっしゃい」とおっしゃった。

 

結局、私は教授の研究室を訪ねなかった。

今ならば、のうのうと研究室に行き、

お茶の1杯でもご馳走になっただろうが、

まだ厚かましさを身に付けていなかった新入生の私は

「教授は冗談でおっしゃっただけだ」

と自分に言い聞かせ、行かなかったのだ。

つくづく残念なことをした。

もっと南極のお話も聞けたかもしれないのに。

 

そしてもちろん、「隕石」と答えたのは、

あのまんがの知識がヒントになったのだった。

『星と星座のひみつ』は、今でも私の本棚の片隅に立っている。

 

やっと出た (2016.7.2


さっき、たまたま

待望の本が出版(それも一昨日に!)されていることを知り、

ちょっと興奮気味です。

 

『脳はいかに治癒をもたらすか―神経可塑性研究の最前線

(ノーマン・ドイジ著、高橋洋 訳、紀伊國屋) 

  https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784314011372

 

 

『脳は奇跡を起こす』著者の最新作で、ニューヨークタイムズのベストセラー。

やっと日本語版が出ました。

うち2章にわたって、モーシェ・フェルデンクライスのことが書かれています。

 

昨年3月ごろに、オーストラリアのプラクティショナーから話を聞き、

実際、500ページ以上ある原書も見せてもらいました。

アメリカ在住の先生に尋ねても、「たしかにベストセラーだ」とのことでした。

それで、日本語版の出版を今か今かと待っていました。

が、待っても待っても出ないので、昨年10月、著者側に問い合わせたら、

「2016年中に出せればいいけど・・・」という返事。

てっきり12月くらいになるかと思っていたところに

まさか、一昨日に出版されていたとは!です。

 

ちなみに、今年5月に行ったサンフランシスコ空港内の本屋さんでも、

入口正面の目立つ「ベストセラー」コーナーに、ちゃんとその本がありました。

 

 

紀伊國屋のホームページには、邦訳の章立てと見出しが載っています。

 https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784314011372

 

5章、6章でフェルデンクライスについて書かれているのは知っていましたが

今見ると、8章ではトマティス・メソッドについても詳しく書かれているようです。

 

トマティス・メソッドは10年以上前に、これもネットでたまたま存在を知り、

しかも、運よく神戸にもリスニングセンターがあるのを知りました。                                                  

耳の聴き取りを変えることで発声が変わる・・・

それが、すごく不思議で、すぐにトレーニングを受けに行きました。

※メソッド詳細は、トマティス神戸⇒ http://www.tli-tomatiskobe.com/

 

トマティス神戸のスタッフの方たちは、どなたも皆、親切で誠実。そして熱心。

今でもつながりがあり、発声コース(CAV)の修了者向けに

「朗読劇の会」を設けてくださっていて、私も月1回参加しています。

 

この本を読む楽しみが倍になりました!

前著も、とても面白い科学・医療読み物(世界中でミリオンセラー)でしたが、

600ページ近い最新作も、きっとワクワクしながら読んでしまうと思う。

 

Amazonで買ってもいいけど、日本の本屋さんを支えるため(←大げさ)

明日、さっそく紀伊國屋さんへ買いに行こう。

 

 小学生でも感動する「日本国憲法」2016.5.1

 

私は、傷つけられて痛い思いをするのも、殺されるのも、

ましてや人を傷つけたり殺したりすることを強要されるのも

嫌だ。絶対ごめんだ。

 

小学6年生のとき、「日本国憲法」の前文を読んで

本当に心が震えるくらい、感動した。

小学生だった私にも、意味が分かるし、

その格調高い言葉の感じが伝わってきた。

 

2年前、「憲法9条をノーベル賞に!」と活動するグループのこと、

アフガニスタンで活動する医師のインタビュー新聞記事のことを書いた。

私の気持ちはそのときと全く変わらない。

 

    (↓以下、2014年5月3日に書いた記事の再掲↓)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・                                   日本国憲法を世界に (2014.5.3

 

“憲法9条をノーベル平和賞に”と運動している人たちがいる。

最初に知った時、なんて素晴らしいアイデアだ!と思った。

しかも先月ノーベル委員会に平和賞候補として受理されたという。

今も署名を募集中と知り、今日、私も署名して投函した。

 

 ※関連の毎日新聞記事

 http://mainichi.jp/select/news/20140503k0000m040050000c.html

 ※「憲法9条にノーベル平和賞を」実行委員会のサイト

 https://www.facebook.com/nobelpeace9jou

 

 

戦争放棄を宣言する第9条はもちろんだが、

日本国憲法の前文を、日本国民はぜひ読み直してほしい。

日本国民のみならず、日本に住むすべての人々、

地球上のすべての人々と共有する価値のある内容だと思う。

 

「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。」 (日本国憲法より)

 

“平和憲法はただの理想論”という声があるのは承知している。

だが、安全な日本国内での戦争を知らない人の机上の空論より、

海外の命に危険がある地域で活動する日本人たちの

地に足の着いた、肌感覚の言葉に耳を傾けてほしい。

「憲法9条のおかげで僕たちは守られている」という言葉に。

 

昨年2013611日の毎日新聞夕刊の切り抜きを、

私は今でも持っている。

アフガニスタンで活動する医師・中村哲さんのインタビュー記事。

特集「憲法―この国はどこへ行こうとしているのか」小国綾子記者)。

少し長くなるが、中村さんの言葉をそのまま引用したい。

 

「欧米人が何人殺された、なんてニュースを聞くたびに思う。なぜその銃口が我々に向けられないのか。どんな山奥のアフガニスタン人でも、広島・長崎の原爆投下を知っている。その後の復興も。一方で、英国やソ連を撃退した経験から『羽振りの良い国は必ず戦争する』と身に染みている。だから『日本は一度の戦争もせずに戦後復興を成し遂げた』と思ってくれている。他国に攻め入らない国の国民であることがどれほど心強いか。アフガニスタンにいると『軍事力があれば我が身を守れる』というのが迷信だと分かる。敵を作らず、平和な信頼関係を築くことが一番の安全保障だと肌身に感じる。単に日本人だから命拾いしたことが何度もあった。憲法9条は日本に暮らす人々が思っている以上に、リアルで大きな力で、僕たちを守ってくれているんです」

 

「一時帰国し、墓参りに行くたびに思うんです。平和憲法は戦闘員200万人、非戦闘員100万人、戦争で亡くなった約300万人の人々の位牌だ、と」

 

日本国憲法がアメリカから押し付けられたかどうかは、

どうでも良いこと。

アメリカにはアメリカの思惑や下心はあっただろう。

だが、それが本物でさえあれば、

自分で稼いで買ったダイヤモンドだろうが

誰かから無理に手渡されたダイヤモンドだろうが、

その輝く価値は変わらないのではないか。

 

しかも憲法には日本人たちの自主的な案も盛り込まれている。

そして、戦争を生き残った人たちが

どんなにこの憲法を喜んだかを、今も語っている人がいる。

 

世界がいよいよ混迷を深めているように見えようとも、

日本国憲法がたとえ“子どもっぽい理想論”に見えようとも、

この日本国憲法の理想が世界の標準になる日は近い、と思う。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・                                         (以上、2014.5.3記事再掲)

 

日本がこの、平和憲法を保持することは誇らしいことだが、

ジョン・レノンが “Imagine” で歌ったように

すべての国が、この憲法の精神を一緒に持ってはじめて

世界の本当の平和は実現する。

  

 

「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」という憲法にも関わらず、

保持するのみならず兵器輸出を進める(同じく、福島の原発事故がまだ

収拾していないにも関わらず原発輸出をトップセールスする)この国の

今の指導者は、 品格に欠ける、厚顔無恥としか言いようがない。

 

何も、商売自体や国のトップがセールスをすることを悪く言うのではない。

良い商売は時代を良くするばかりか、すばらしい外交力も発揮する。

そもそも商売人は、優れた人間力がなければ務まらないのだ、

私が尊敬する高田屋嘉兵衛のように。

 

潜水艦や原発。

すぐ大きな金になるなら何でも売ればよい、というものではない。

 

話は逸れるが、私は元総理大臣の麻生太郎氏を

ひそかに(でもないが)評価している。

漢字が読めないとか失言が多い(真意の如何に関わらず)とか、

マスコミは突きたがるが、そんなことはどうでも良い。

麻生氏がマンガを世界に輸出しよう、としたとき、

世間では冷笑した雰囲気だったが、数年経った今ではどうだ。

日本の文化の1つとして世界中で日本の漫画が愛されていることを、

今では多くの日本人が誇りに思っている。

本場イタリアのある有名サッカー選手は、子どものころ

『キャプテン翼』を読んで憧れ、今のスター選手に成長したそうだ。

漫画を通して、世界中の人が子どものころから日本を知り、

親しみを持ってくれているのだから、

水面下での長年にわたる 漫画の外交力は計り知れない。

かつて核拡散防止条約の準備委員会で、日本政府代表団が

『はだしのゲン』の英語版を加盟国に配ったのも、

当時の外務大臣・麻生氏の肝入りだったそうだ。

私には、麻生氏は柔軟な頭、先見の明や広い視野があるように見える。

それには、麻生氏が、政治家以前に実業家(商売人)だったことも

関係しているように思える。

 

商売人だろうが政治家だろうが、公明で正大な志を持つこと、

今、目の前の利益だけにとらわれず、先をも見はるかして考えること。

もちろん、私自身にも言い聞かせているのである。

  

勢い余って 2016.4.5

 

桜が、全身で咲いている。

 

枝いっぱいに開いた花だけでは足りなくて、

太い幹の、ごつごつした樹皮の裂け目からも

花芽を外に向かって伸ばし、花を開く。

 

枝まで順に登っていくのも、もどかしいかのように。

体の中の春が、勢い余って吹き出すかのように。

 

桜エネルギーがだんだん張って(はる・春)ふくらんで、

とうとう堪えきれずに内から皮を割き(さく)、

先(さき)へ先へと伸びて咲く(さく)。 さくら。

 

駄洒落ではない。たぶん、大和ことばが生まれたころの、

日本人の祖先たちの、驚きが言葉になったころの、名残り。

 

 

マインドフルネス (2016.3.13

 

「マインドフルネス」という言葉を、数年前に

フェルデンクライス教師仲間が教えてくれて知った。

「マインドフルネス」が「フェルデンクライス」にいかに通じるか、を。

 

仏教の瞑想をもとにして作られた「マインドフルネス」と、

「動きの禅」と言われるフェルデンクライス。

 

あらためて

『はじめてのマインドフルネス 26枚の名画に学ぶ幸せに生きる方法』

              (クリストフ・アンドレ著/紀伊国屋書店)

を読んだ。

既存の名画を通してマインドフルネスを説明する、面白い試みの本だ。

 

  

虫いずる (2016.3.5

 

いよいよ、春のにおいがします。

  

ひとつ上の学び (2016.2.19

 

この5月から、ミア・シーガル先生とレオラ・ガスター先生による

マスター・プラクティショナー・トレーニングに参加することになった。

 

ミア先生は、フェルデンクライス博士の最初のアシスタントで、

古くからの高弟の中でも、ひとり別格の先生。

ミア先生の娘レオラ先生は、幼いころから家に博士が出入りしていて

博士のメソッドが呼吸のように当たり前の環境で育ったという。

 

フェルデンクライス博士が亡くなって30年余り。

他の誰よりもこのメソッドを熟知する2人の先生による、

2年間のマスター・プラクティショナーのトレーニングコース。

言わばフェルデンクライスの大学院(修士)、といったところだろうか。

 

アメリカで7日間のセミナーが2年にわたって4回、合宿形式で行われる。

すでにプラクティショナー(開業者・実践者)として活動している人たちが

アメリカはもとより、世界中から集まってくるだろう。

 

ミア先生、レオラ先生から直接教えてもらえることはもちろんだが、

それぞれに経験を積んできた受講者仲間からも学べること、さらに、

レベルのまちまちな仲間たちを、先生はどのように教え導くのか。

 

 

宿舎の部屋の申込み、航空券の購入、セミナー前後のホテルの予約などが

ようやく一段落して、ホッとしているところ。

 

2月後半の今はまだ寒いが、ほんの3か月先は、もう陽気な季節で、

今ごろは新緑のオースティンで、どっぷり学びに浸かっている。

 

 

極上の音 (2016.1.16

 

クリスチャン・ツィメルマンを聴きに、びわ湖ホールへ行ってきた。

現代最高のピアニストと言われる1人。

 

ときどき彼は曲の中で、“沈黙の音”を聴いていた。

 

 

「黄金伝説」と「モノが語る世界の歴史」2016.1.9

 

神戸と東京で開催中の2つの展覧会が

間もなく111日に閉幕する。

 

    *   *   *

東京に行った折、せっかくだから

何か美術展も見て来よう、と調べて、

すぐに決めた――「黄金伝説」展。

古代地中海世界の秘宝の数々!と聞けば

絶対見たい。

 

小さい子どもは50円玉より5円玉をほしがる

(銀色よりも金色が好きだから)

と聞いたことがあるが、同じ心境である。

 

上野公園の入り口近くの総合チケット売り場に並ぶと、ほとんどの人が買っていたのは、

「モネ展」。(圧倒的に女性)

未だかつて、どんな権力者も

一度に見ることは叶わなかったほどの量と質の黄金が、

ここに集まっているというのに。

  

すぐ近くで「アート オブ ブルガリ」展も開催中だった。

こんな大きな展覧会を上野公園だけで同時に3つもするとは

さすが東京だと思った。

 

さて、その黄金展の中身は・・・まさに百聞は一見に如かず。

ここで何を書いても始まらない。だから、書かない。

本物の黄金の数々を、自分の目で見ないことには。

 

まだ会期の初めごろだったからか、人が少なく、

ひとつひとつを、ゆっくりと鑑賞できた。

小さな品が多いので(純金だから当たり前だ!)

壁の拡大カラー写真付きの解説を読んでから見ると、

その非常に精緻な細工の素晴らしさがよく分かる。

 

一目見ただけで次へ行く人は、他人事ながら、

もったいないなぁ、と思う。よく見れば、たとえば

立派な羽根の小さな天使がついていることに気がつくのに。

 

そうやって、たっぷり時間をかけて見て回り、

もうそろそろ終わりかな、と思ったところへ、

目玉のひとつ、総重量12キロの黄金の食器群が出てきた。

 

まだ全体の3分の2しか、見終わっていなかったのだ。

あぁっ、もう30分しかない、と思いながら

歩みを速めても、最後まで1つでも見逃すのは惜しい。

 

小さな金の指輪に目を凝らすと、

小さな小さな手をつないでいるデザインに気づいた。

当時、握手が結婚の象徴だったという解説を読む前に

自分で「発見」できたのも、楽しい。

 

蔦のような流麗な曲線の美しい王冠もあれば、

半獣の女神の後ろにライオン、スフィンクスなどの獣が

電車ごっこのようにつながって並んだ愉快な王冠もある。

 

見る品、見る品、どれも黄金色。

言ってみればモノトーン(単色)で、

しまいには本当に目に飽きるほど

黄金に満ちた空間で過ごすのは、贅沢この上なかった。

 

*   *   *

地元の神戸市立博物館では、同時期に

100のモノが語る世界の歴史」と題する

大英博物館展が開催されていた。

 

会期は100日以上もあったのに、

残り1週間を切って訪れた。

最後の3日間の連休は避けたが

やはり賑わっていて、中高年の方が多く、

しかも男性客が多いのが印象的だった。

 

100点のうち私の1点を選ぶとすれば

「ウルのスタンダード」。

ラピスラズリの群青の背景と、絵を表す貝殻の

黄みがかった白の対比が、際立って美しかった。

近寄って見ると、貝殻が剥がれ落ちて、

背面にあるラピスラズリについた窪みが分かるのも面白い。

 

この展覧会の目玉の1つだが、未だに用途は不明だという。

 

もう1つ楽しみにしていたのが、

「ヘブライ語が書かれたアストロラーベ」。

金色の円盤も、中の装飾も華麗で、美しかった。

 

そう言えば、「100のモノ」の中に、日本からの物が、

覚えているだけでも45つあった。何だか誇らしい。

縄文土器を転用した水入れ、柿右衛門の象、

鶴を施した和鏡、北斎漫画・・・日本で金継した茶碗も。

日本での展覧会だから、かもしれないけれど。

 

時代も国・地域もバラバラの100点の物を

縦横に関連づけた構成は、ざっと200万年前からの世界史を、

時間と空間を立体的にして(まさに時空を越えて)見せてくれた。

 

あぁ、世界史を勉強していて良かったな、と思った。

 

世界史の授業が受験に不要云々、と問題になったことがあるが、

それで勉強しなかった子たちは、本当に可哀想だ。

私自身は不真面目で、受験では「可もなく不可もなく」だったが、

学校で習った世界史の知識の断片があるだけで

その後の人生が、どれだけ豊かになったか分からない。

 

ところで、

「金製のゾロアスター教徒像」の解説によれば、

2500年前の世界最大の国ペルシアは

ゾロアスター教(「拝火教」と習った)が国教にもかかわらず

他の多くの宗教・文化に寛容だったという。

 

また、あの「アストロラーベ」が作られたらしい中世スペインでは、

ユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラーム教徒が

平和に共存していて・・・(これも世界史の授業で習った!)

という解説を読むと、あぁ素晴らしいなぁと思う。

それが、「数学と科学に格段の進歩をもたらした」そうだ。

 

*   *   *

この2つの展覧会とも、残りはあと2日。

 

一目でも、“本物”を見ることには、価値がある。

 

 

血のにじむような努力 2015.12.6

 

1週間前、友人と御影を散歩するのに

たまたま、弓弦羽神社を訪れた。

 

弓弦羽(ゆずるは)神社といえば、

フィギュアスケートの羽生結弦選手が東北の震災後、 縁あって

神戸に来た折に参拝し、2年後のソチ五輪で金メダルを取った。

 

「それで多くのファンがこの神社を訪れるらしいよ」

と友人に知ったかぶりをしていたその日、

羽生選手が世界最高点を出した。

 

NHK杯が開催されていることすら知らなかったので、

夜のニュースで知って、驚いた。

 

世界最高得点322点。

スケートのことをよく知らない私が見ても、

NHK杯の羽生選手の演技は美しかった。圧倒的に。

 

ほんの23年前には、「最後までスタミナが持たない」

と指摘されていたのに、

演技の最後の最後でも軽々とジャンプを決める、

スピードを失わない、その体力は何なのだ。

 

試合後のインタビューで口にした(だが尋ねられても詳細を隠した)

羽生選手の“血のにじむような努力”とは何なのか。

 

スポーツニュースで元トップクラス(と思われる)のスケート選手は

「氷上だけでなく陸上でも、筋肉トレーニングなどに励んだのだろう」

とコメントした。

普通は“血のにじむような努力”と言えば、過酷な筋トレを想像する。

 

だが、むしろ、

筋力をアップすることよりも、動きや力の無駄を徹底的に省き、

不要な体力の消耗を最小限にしていくことを徹底したのではないか。

筋肉をつければ、ただ跳び上がるための筋力はつくかもしれないが

かえって、精巧に3回転、4回転するのは難しくなる。

 

他の選手と比べ、羽生選手は

ずっと少ない力で跳び上がっているように見える。

また、その回転はいつも“細い鉛筆”を思わせる。

回転軸に限りなく近いところで回るため、

エネルギーの消費を最小限に抑えられるのではないかと思う。

 

イチロー選手は、大リーガーにありがちな筋トレ、

むやみな筋肉増強を嫌い、独自のやり方で

しなやかに働く筋肉をつくっている、と聞いたことがある。

この二人はストイックな姿勢もよく似ているが、

体づくりも、世間が考えている正反対を目指しているのではないか。

 

 

国産旅客機、初飛行成功 2015.11.12

 

滑走路から、すーっと空へ滑り上がっていく。

 

国産初の旅客機MRJの姿を、昨日ニュースで見たときは、

あまりにも滑らかな動きに、一瞬、合成映像ではないかと思った。

白い鶴を思わせる機体が、スマートで、とにかく格好いい。

 

MRJの部品を作った中小企業の方たちの談話や、

今までにないその部品を作る難しさも、詳しく報じられていた。

まるで、『下町ロケット』だ。

 

『下町ロケット』は、今、私が一番楽しみに見ているドラマだが、

まったく同じように、MRJ誕生、初飛行成功の裏には

中小企業には中小企業の、大企業には大企業の、いや、とにかく

関わった一人ひとりに、思いやドラマがあるだろう。

 

知らなかったが、「三菱」は、当時世界最高峰の「零戦」をつくった

“世界の航空業界の伝説的な名前”なのだそうだ。

その三菱が製造したMRJの初飛行を、海外メディアも大きく報道した、というのは、日本人として、誇らしい。

 

私は事情に疎いのだが、それにしても、

国産の飛行機が半世紀ぶり、国産の旅客機が初、と知って、驚いた。

 

初飛行を担当した機長は、

「これまで経験した中でもトップクラスの操縦性と安定性だった」

と語ったという。

さすが日本の飛行機だ、と単純にうれしい。

 

だが、世界に知られる「技術大国」「ものづくり大国」日本、

トヨタをはじめとする自動車メーカーが世界の自動車産業を席巻し

世界一安全で速い新幹線が海外からも称賛されているなかで、

50年もの間、日本産の旅客機がなく、下請けのみだったとは。

 

精密で安全が第一の飛行機づくりなどは、

自動車や新幹線の延長線上、まさに日本の本領ではないか。

世界の空で「日本の技術ここにあり!」というところを見せてほしい。

 

私は国粋主義者ではないが・・・『下町ロケット』に倣って

日本品質・日本プライド”である。

 

名残りを惜しむ・心を残す (2015.11.2

 

お茶の先生の言葉に、なるほどなぁ、と思った。

 

お点前の人が、今手に持っているお道具とする)を置いて

次に取るべきお道具とする)に手を伸ばすとき。

 

目線が、もう次のにさっさと飛んでいるのを注意なさり、

「名残りを惜しむかのように、

からへ移る)距離の半分はまだに)心を残したままで」

とおっしゃった。

 

私などは、茶道を習い始めてもうすぐ2年になろうかというのに、

未だにお点前の手順を覚えきらない、不出来な生徒で、

「次は何をするんだったけ~」ということは、しょっちゅうである。

 

先生に言われた先輩は、当然、お点前の所作は全てできた上のこと。

でも、目線の移動という、一見小さなことだが、

案外、外から見ている者には、はっきりと分かるのだ。

 

なるほどなぁ、と思いながら思い出すのは、

ふだんの、別れ際の挨拶の場面。

 

お互いに懇ろにお辞儀をして顔を上げたとき、相手の視線は

すでにこちらにはなく、もう次の何か・誰かに移っている。

ご当人は気づいていないが、こちらは少し残念な気がする。

心がすでに私にはなく、次のことに向かっていることが伝わるからだ。

 

と言いながら、他の人のことは見えても

自分も案外、同じことをしているかもしれない。

フェルデンクライスで言うところの

  aware(気づいている・覚醒している)

は、難しい。

 

心を残しながら、次へと向かう。

お道具を持つ指先にも、心を配る。

 

お点前の単なる動作の手順ではなくて、

ひとつひとつのことに気を配っていること、気づいていること。

目覚めていること。

   

ベートーヴェンの最初の交響曲 (2015.10.4

 

斉田好男先生の指揮法教室で、23か月前から取り組んでいた練習曲の仕上げとして、先週、オーケストラ総譜で指揮をして先生からOKをもらった。

 

曲はベートーヴェンの第1交響曲の第2楽章。

 

もともとは、斉田先生の先生である(小澤征爾さんの先生でもある)故・齋藤秀雄先生が、『指揮法教程』の練習課題曲として、元の曲の一部をカットしてピアノ譜にしたもの。それまで見開き1枚に収まったピアノ譜を見慣れていたので、斉田先生の前で総譜で振るときには、譜めくりを忘れていて、あたふたしてしまった(総譜はすべての楽器パートが縦に同時に書かれているので、どんどんページが進む)。

 

先月、小澤征爾さんと大江健三郎さんの対談集『同じ年に生まれて』を読んだ。

そのなかで、小澤征爾さんが故・齋藤秀雄先生との思い出として、指揮法のレッスンでベートーヴェンの第1交響曲を振ったときのことが出てきて、ハッとした。

私が勉強中だったその曲のピアノ譜には、タイトルが“AUS DER ERSTEN SYMPHONIE”とだけ書かれていて、長いこと気にも留めていなかった。それが、ふと調べてみて「第1の交響曲より」という意味だと知ったのは、その本を読む少し前だったのだ。小澤さんと齋藤先生とのエピソードは、まさにこの曲だ。もし、そのまま意味を調べていなければ、小澤さんのその言葉を読んでも、ピンと来ていなかった。

 

ベートーヴェンの第1交響曲は、文字通りベートーヴェンが最初に書いた(つまり一番若いときの)交響曲だが、それ以降の交響曲に比べれば、あまり演奏される機会は多くないそうだ。実際、「運命」や「田園」、「合唱付き(第九)」のように、誰でも一度ならずメロディを耳にしたことがある曲ではない。

 

それが、たまたま今夜、NHK交響楽団の演奏が放送されると知った(いつもN響の放送をチェックしているわけでもないのに)。しかも、つい23週間前の演奏会。

 

連なった2つの小さな偶然。今夜の放送が楽しみだ。

 

クールで、あったかい対応 (2015.9.30

 

アメリカに住む14歳の少年が、一から自分で作った時計を、工作の先生に見てもらいたくて学校に持ち込んだところ、授業中アラームが鳴って爆弾と間違われて大騒ぎになり、逮捕されてしまった(914日)。それに対してオバマ大統領が「クールな時計だね。ホワイトハウスに見せに来ないかい」と招待した。

――という話を聞いて、粋な対応だなと思った。

 

その少年がムスリムだから、「これはイスラーム系住民への差別・偏見ではない」とアピールしたい政治的意図も、もちろんあるのだろうけど。

でも、少年の「先生に見せたかった」という素直な気持ちが、誤認逮捕で人権を無視されたことで、本当に心が捻じ曲がってしまって、せっかくの能力で将来本物の爆弾を作ってしまう…可能性だって、なくはない。本当の(多くの人が誤解しているが)イスラームは、しごく真っ当で正しい宗教だから、帰依しているその少年なら、もともとそうならないだろうけど。とはいえ、不当に扱われれば、人間の心は傷つきやすいものだ。

だから、オバマ大統領がさらっとこういう対応をしたのは、クールだし、しかも人を人として尊重するあたたかさも感じる。大統領に褒められたら、うれしい。少年の名誉と自尊心も回復するし、よし、もっと頑張ろう、と思うだろう。大人の対応は非常に重要だ。

 

しかも、フェイスブックのCEOをはじめ、グーグルやNASAなど、名だたる会社や組織も、次々と少年を招待し、エールを送るコメントを送ったという。

 

クールじゃないか、アメリカ。

 

再挑戦 2015.9.27

 

小学生のころから、絵や図工は苦手で

写生大会の日などは、苦痛以外の何物でもなかった。

 

家庭科も苦手で、

中学でパジャマをつくる実習も、どうしていいか分からず

とうとう、パジャマの下(ズボン)しか完成できないまま終わった。

 

総じて、手で具体的に何かを作ることそのものが苦手だった。

というか、「不器用だから、できない」と自分で決め込んでいた。

 

といっても、絵や美術は嫌いではなく、

大学生以降、お金を払って美術展や展覧会はよく観に行った。

つまり、絵に関しては、私は完全に「観る」側だった。

 

今でも、何かの折に絵を描くよう言われると、ぞっとする。

思考が停止し、どうして良いか分からなくなる。

 

その私がこの連休中、再び挑戦したことというのは、

絵を描くこと。

 

 

7年前に、『脳の右側で描け』B.エドワーズ 著)という本を見つけた。

絵の描き方が学べて、苦手な人でも描けるようになる、というのだ。

思えば、“根本的な”絵の描き方を学校で教えてもらった記憶がない。

(「ここはもっと濃く塗りなさい」という指導はあっても。)

 

その当時、職場の仲間に絵の上手な人がいた。

私が「その本を買って、絵を学ぶことに挑戦してみる」と言うと、

心優しい彼女は、言葉で励ますのみならず、

本に用意するようにと書かれている小道具一式を

ひょいひょいと家で作ってきて、さらに

マスキングテープや画用紙、消しゴム、その他の小物まで

用意して、大きな封筒に入れて渡してくれた。

 

封筒には、「健闘を祈ります!」というメッセージまで入っていた。

 

本に書かれている小道具というのは、

アクリル板や黒画用紙を寸法通りに切り、枠をつくったもの。

私なら、それを準備する時点で、まず面倒なあまり挫折するのに、

それをひょいひょいと簡単に作れるフットワークの軽さが

絵や図工の得意な人ならでは、なのだろう。

 

何日か休日を使って、本の中の課題に沿って、何枚も絵を描いた。

著者の提唱するあれこれの技を使って描くと

私の絵とは思えないほど、なかなかうまく描けた。

 

 

・・・というのは、7年前の話。

いつの間にか、やめていた。

だんだん本の要求が高度になり、というか手が込んできて

面倒になって、本の半分ほどのところで挫折していた。

 

再挑戦というのは、実はこの本への、7年ぶりの再挑戦。

また一から本の課題に取り組んで、

封筒には、もう何枚か、描きあがった絵がたまった。

 

本書では、言語的分析的な左脳モードを黙らせ、

非言語的で直感的な右脳モードで描くことを教えている。

絵を描くのに適した右脳モードに切り替わると、

言葉が出てこなくなり、ただ没頭して楽しい状態になる、という。

 

だが、私の左脳モードはかなり強固なようで、

筆者の言う通りに描きながらも、頭の中のおしゃべりが止まらない。

複数の登場人物が対話し、頭の中でドラマが放映されているようだ。

なかなかランナーズハイのような状態には至らない。

 

さぁ課題に取り組もう、というスィッチが入るにも時間がかかり、

内心いやいや自分を持っていく。

「小さいころから、絵を描くときが一番楽しかった」と言っていた

友人の心境に、私も早くなってみたいが、道は遠い。

 

とはいえ、この前、ある名画を見たときに、

ほんの少し、描く人の側に立ってその絵を見られた、気がした。

いつもなら完全に観る方の「こちら」側から見ていたのが、

透明な仕切りガラスの「向こう」側に自分が立って、

「こちら」側を見たような気がしたのだった――。

 

今日も夕方になって、ようやく描く気になり、

やっとのことで1枚描き終えた。

気がついたら、大きな丸いお月様が、

まだうす明るい東の空に上り始めていた。

 

今夜は、晴れて、中秋の十五夜である。

 



とんぼ返りで奈良へ

 (2015.9.18)


金曜日で開館時間延長、というので

レッスン後、三宮から奈良へ。


薬師寺の月光菩薩が圧巻だった。


阿弥陀三尊像(伝橘夫人念持仏)

後屏風の模様が、また素晴らしかった。

まるで、音楽が流れているようだった。




本物の色 (2015.8.29

 

昨日、ある展覧会に行ってきた。

会期末近かったが、遅い時間帯のためか

思っていたより客は少なかった。

 

いわさきちひろの原画展。

 

本や雑誌で今までに何度も目にした絵、

その本物を、間近で見ることができる。

 

ときどき客足が途切れて、絵を独り占めにできる瞬間も。

 

 

原画展の素晴らしさは、やはり本物の色にある。

どんなに絵本の印刷技術が素晴らしくても、

本物の色づかいを見ると、うわぁーっと思う。

うわぁ、きれいだなぁ、と思う。

 

ただ可愛いだけではなくて、絶妙な色合いの新鮮さに驚く。

本物の絵のもつ深み、奥行きが、

印刷された絵と比べることで、あらためて立ちあがってくる。

 

それに、原画は楽しい。

 

雑誌の表紙で見る、ある絵は、実はずっと小さかったり、

可愛らしい印象の女の子の絵は、ずいぶん大きくて立派な絵だったり。

よく見ると、実は白い絵の具で消した跡があったり。

紙に絵の具だけではなく、貼り紙をしているのに気づいたり。

 

絵の紙に、何かの拍子につけてしまったらしい皺を見つけたときは、

「画家は焦ったやろな」とか。

 

 

一流の音楽家の演奏は、たとえCDで聴いても素晴らしい。

だが、本物の演奏会で、音の響きに身を浸す生の体験は、

その場に居合わせた、限られた人だけが味わえる、別次元のこと。

 

響きが体に触れてくる。

色が体に触れてくる。

 

情報や知識がネットで簡単に手に入る時代だからこそ、

今この瞬間を共有するという生の体験が

これから、ますます輝きをもつことになる。たぶん。

 

 

続・ 又吉直樹氏に、フェルデンクライスを!  2015.7.21

 

又吉さんの根暗っぽさに前から好感をもっていた、と昨日書いたが、我ながら、いかにも芥川賞受賞直後のにわかファンのようで胡散臭い。(もちろん、芥川賞をきっかけに彼の良さを知りファンになる人がいるのも良いこと。)

 

私はファンというほどでもなく、考えてみたら、又吉さんの漫才を見たこともない。テレビでたまにしゃべっているのを見かけるくらい。印象に残っているのは、以前に「アメトーク」という番組で、“読書好き芸人”として太宰治を語り、古本屋で何冊も購入する姿を見たこと。へぇ~、こういう人なのか、と思った。

もうひとつは、「ビッグイシュー」という雑誌の巻頭のインタビュー記事。正確には思い出せないけれども、「暗いと言われる自分だが、他の誰にもなれない。だから自分は“又吉直樹”をやっていこう、と思った」といった内容が、今も印象に残っている。

 

「(本の出版で注目され)急にこの半年くらい騒がれても、浮かれられない。あまりにも長いことゴミのような扱いを受けてきたので」と芥川賞受賞の特集で言っていた。

高校卒業後に大阪から東京に出て、10年くらいは売れない下積みの時期が続いたという。仕事もなく、本を読むことで飢えを凌いでいたころもあったとか。種から出た芽が地上に出るまで、淡々と養分を蓄え、根を伸ばしてきたことを、誰も知らない。

 

 

フェルデンクライスは、見た目にカッコいい凄いポーズを決めるわけでもなく、頑張って筋肉を鍛え上げるわけでもなく、音楽に合わせてリズム良く体を動かすわけでもない。レッスンの動きを単なる“手がかり”として、自分の体を探っていく。今よりも自分にとってやりやすいスムーズな通り道を、いろいろと試してみる。

 

先日、個人レッスンを受けた方が「フェルデンクライスは、すごいですね!」と感心するので、何がすごいのかと尋ねたら、「こんなに地味で」と言われて面食らった。その方自身の感受性も素晴らしくて、まだ一、二度受けただけだが、今まで自分の中で疑問に思っていたことのヒントがたくさん見つかり、体にいろんな変化を感じているそうだ。

 

フェルデンクライスでよく言われるが、「頑張りと感受性は反比例」する。刺激が強いほど、感受性は鈍くなる。たとえば、辛過ぎる料理や濃過ぎる料理に舌が慣れていれば、だしの繊細で微妙な味わいは感じられない。同じように、自分の体の中の絶妙なつながりを感じようとすれば、大きく元気に頑張って動いてしまうと、何も感じられない。だからフェルデンクライスでは、よく「(最初は)小さく、ゆっくり動いてください」と言うのだが、それが見方によれば、地味・分かりにくい、となるのだろう。

 

分かりにくいし、パッとした派手さがないので、フェルデンクライス・メソッドを簡単な体操にまとめ、分かりやすい名前をつけて売り出している人も結構いる。もちろん、それも大事なことだし、第一、メソッドをよく理解している人でなければ簡単にまとめることもできない。

ただ、フェルデンクライス・メソッドは本来、ある天才的な物理学者が考案した、とても奥深い、大きな森のような、知的な学びの体系である。できれば私は、その源流に近いものを提供したい、と思っている。

 

 

明るくて元気で分かりやすく、声が大きくて瞬発的な芸人さんだけでなく、その逆の又吉さんのような人物が、近ごろじわじわと認められている(芥川賞受賞とは関係なく)。それが、うれしい。世間の価値観、人びとの意識が変わりつつあるのを感じる。日本では、ヨーロッパやアメリカと比べ、フェルデンクライス・メソッドが広まるのにとても時間がかかっているが、その価値が分かる人が日本でもようやく増えるだろうと思う。


 

そうそう、又吉さんならフェルデンクライス・メソッドの良さが分かるだろう、と書いたが、彼は大阪の寝屋川市出身だそうだ。

寝屋川の香里園に、同期の素晴らしいフェルデンクライス教師がいる。築百年の古民家でフェルデンクライスのレッスンを提供している安藤緑さん。http://feldenhouse.jimdo.com/  

彼女自身、体のあちこちに不具合をもっていたので、指導者養成コースではレッスンのたびに改善するのを実感していた。だからこそ今、膝痛や腰痛など、レッスンに来る生徒さんの痛みが分かるし、どのレッスンをすれば生徒さんが今より良くなるか、その生徒さんにどんなサポートが必要か、身をもってわかる。そんな宝物をいっぱい持っているから、素晴らしい教師である。

又吉さんが大阪に仕事で来るときや実家に帰るとき、ついでに安藤さんの「フェルデンクライス北斗星」に行ったら良いなぁと思う。又吉さんが好きそうな古民家だし。安藤さんも独特な笑いのセンスをもっているし。

 

おっと、ついおすすめを。以前、営業の仕事をしていた癖が出てしまった。(と言っても、学生時代の先輩・同輩からは、「西田に営業が務まるとは、とても信じられない」と言われていたのだが。)

 

又吉直樹氏に、フェルデンクライスを!  (2015.7.20)


又吉さんが、今あちこちのテレビに出ている。

芸人さんには珍しい、あの根暗っぽさ(というより、小雨の日のような物静かさ)、マイペースさに、前から好感をもっていたので、さっきもロバート・キャンベルさんとの対談に見入ってしまった。

彼がやっていること・思っていることは、本当にフェルデンクライス的やなぁ、と思う。

散歩が大好きだそうだけど、なぜ好きかといえば、一歩歩くごとに風景が変わり、自分に入ってくるものが変わるから。
今の自分の能力・才能を越えていくときに、自分以外のもの(人でも物でも)との関わりがとても重要と気づいている。

そもそも、「気づく」「発見する」ということを、とても大事にしている。
それがまさにフェルデンクライスっぽい。

彼なら、フェルデンクライスの良さが分かるやろうなぁ。

「フェルデンクライス、ええで~」と、今、又吉さんがつぶやいたら、あっという間に日本中にフェルデンクライスが知れ渡るやろうな。

若手芸人が世に出るための必須要素は「清潔で・明るく・分かりやすい」だが、「お前には、その全てがない」と言われたそうだ。

その彼が、自分を変えることなく(世の中に合わせることなく)、世間に認められた。

世間の価値観が変わり始めた
(本当は、もっと前から、水面下では変わり始めているけど)。
又吉さんが直木賞を取ったこと自体より、そのことで彼が一段と注目を浴びている今は、時代のはっきりした変わり目かもしれない。


一番星、二番星 (2015.7.14

 

久しぶりに夕空が晴れた。

 

金色とバラ色と青がまざったような

うすい菫色の、まだ明るい西の空に、

早くも金星が燦然と輝いている。

 

近くにあるはずの木星を探したが、

まだ空が明るくて見えない。

 

しばらくすると、

金星と並ぶように木星がうっすらと見え始めた。

 

木星と金星が重なるという、珍しい71日の夕空を

とても楽しみにしていたけれど、梅雨空の雲の中。

今日ようやく、隣りあう星が見えた。

 

それにしても、少しずつ夜が来るのが早くなり、

夏至の日から、もう3週間。

 

いつの間にか、空の青が深まって

あちらにも、こちらにも、一等星が見え始め、

西空の二つ星は、いよいよ輝きを増している。

 

 

私の前世は (2015.5.31

 

 

前世は、熊。

か小鳥か栗鼠…

だったか、と思うくらい、

木の実に惹かれる。

とくに、赤い実に。       

 

あ、縄文人だったかも。

 

縄文人は狩猟・採集民族、と思っていたけど

実のなる木を集落に植えたりもしていたらしい。

 

  写真は、庭の「ゆすらうめ」の実。

やわらかい緑の葉の間から、赤い実が

いくつも見え隠れしているのが愛らしいのだが

昨日、残らずせっせと摘んでしまった。

  

下の写真の奥にあるのは、

わが家で一番気に入っているティーカップ。

たぶん、この赤い実(こちらは葡萄)に心惹かれている。

 

ユダヤ人と神戸  (2015.4.25)

 

京都3期のフェルデンクライス指導者養成コースが

今日から始まった。

今回のトレーナーは、教育ディレクターでもあるルーティ先生。

 

ゴールデンウィークを利用して

初めてのルーティ先生の授業を受けてきた。

 

朝、会場の入り口で外国人の女性と一緒になり

「あぁ、海外からの参加者ね」と思って、挨拶したら、

何とトレーナーのルーティ先生その人だった。

 

人から聞いていた印象や、HPで見ていた写真の印象とは

ずいぶん違う。気さくで、明るい。

 

「どこから来たの」と聞かれて

「神戸から」と答えると、

「今回は、神戸へ行こうと思っている」とのこと。

 

「神戸はユダヤの人々とも関わりがあることをご存じですか」

と尋ねると、ルーティ先生は、

「だから、神戸に行きたいと思っているの」と答えた。

 

神戸にシナゴーグ(ユダヤ教会堂)があることを伝えると、

「古いシナゴーグよね」と知っておられた。

イスラエルでも知られているようだった。


神戸のシナゴーグは、近年まで日本に2つしかなかったうちの1つ。

(もう1つは、東京の広尾にある。)

 

イスラエル人であるルーティ先生が

神戸がユダヤの人々と関わりがあることをよく知っていて、

「だからこそ神戸に行きたいと思っている」と聞いて、うれしかった。

 

神戸の人でも、意外と知らない。

 

 

レオラ先生 (2015.3.21

 

今、イスラエル人のレオラ先生が来日中で、

そのセミナーを受けに、京都に通っています。

 

8日間のセミナーは、残すところ、あと1日。

 

知恩院の広々とした畳の部屋は清々しく、

大きな窓からは知恩院の国宝の三門が間近に、

京都の山々が遠くに見えるのも贅沢。

 

でも、レオラ先生と私たち参加者との

学びの時間が、ゆったりとして親しみがあって、

何にもまして贅沢です。 


1日たったの4時間のレッスンですが

(その4時間のために、毎日往復5時間)

中身が本当に濃くて、これでやっと脳が消化できる感じ。

 

レオラ先生は、子どものころフェルデンクライス博士が

いつも家に遊びに来ていて、呼吸のように自然に

フェルデンクライス・メソッドと接してきました。

  

そのレオラ先生が、このセミナーでは

生徒が望みさえすれば

自分のもっているものは何でもシェアしようとしてくれる。

 

気づかいにあふれていて、日本的です。

おそらく今回が

日本での最後の授業ということもあって、よけいに。

 


先生だけでなく参加者も国際的なので

レッスンには英語と日本語と韓国語が入り乱れ、

休み時間にはお互いの言葉を片言で学び合ったりして

日ごとに参加者同士が仲良くなっています。

 

この8日間で、冬の名残りから一気に春へ。

丸山公園の桜も、今にもほころびそうです。

 

道々の宝を見つける 2015.2.28

 

2月の終わりの日。

今日は朝からトクをした。

 

たまたまつけたラジオで聞いた、とってもいい話。

 

“『釣りバカ日誌』のハマちゃんのモデル”という、黒笹慈幾さんの

講演会「先を急がず、刺激を求める~新しいお遍路スタイルの提案」。
               (NHKラジオ第2放送)

 

黒笹さんは、私でも知っているアウトドア雑誌の元編集長だから

漫画どおりの「釣りバカのダメ社員」ではない、と思うけれど。

 

「正しい(ただしい)遍路、楽しい(たのしい)遍路」。

修行に始まり1200年続いてきた特別な旅「正しい遍路」だけでなく

これからは、「楽しい遍路」という別の路線もあっていい。

 

「のんびり楽しく、無理をしない」新しいお遍路を提唱するお話は、

最初こそ少し堅い感じだったが、話が進むにつれ、

『釣りバカ日誌』ハマちゃんの本領発揮で、どんどんノリノリに。

 

とっても楽しい。

 

これが黒ちゃんの口癖なんだろうな。

1時間の講演会で、何度もこの言葉が出てくる。

(「黒ちゃん」、お会いしたこともないのに、勝手に呼ばせてもらう。)

 

お話を聞いていて、

黒ちゃんの歩き遍路のススメはフェルデンクライスに似ている、

と思った。

 

まず、お遍路に出発する黒ちゃんに、お寺のご住職が贈ってくれた言葉。

 

「お寺には何もない」「道々の宝を拾いなさい」

 

今は、先を急いで1日にいくつものお寺を巡る観光バスもあり、

次のお寺に到着して印をもらうことが目的になっていたりする。

でも、「お寺には何もない」と言い切るご住職に、黒ちゃんは驚いた。

  

もちろん、お寺には立派な仏像もあるけれども、もっと価値ある宝は

お遍路でお寺からお寺へ歩く道々にこそある。

 

黒ちゃんが感動したこのご住職の言葉こそ、

「フェルデンクライスはゴール(目的)ではなくプロセス(過程)が大事」

ということを、とても分かりやすく表している。

 

それに、黒ちゃんの「とっても楽しい」歩き遍路と同じように、

フェルデンクライス博士が何度も言っていたのは

レッスンは「楽しく喜ばしい」必要がある、ということ。

「正しいか、間違いか」ではなく。


 

さて、その黒ちゃんの「とっても楽しい」歩き遍路には、

いくつか決めていたことがあるという。

 

まず、

・「ゆっくり遍路」・・・120kmまで。つまり、先を急がない。

途中出会った、全行程1400kmを数日で歩き切る超人的おじいさんに、

そのゆっくり具合を「あほか」と言い捨てられたとか。

                                    

・「寄り道遍路」・・・おいしいランチの店は、数km遠回りしても必ず立ち寄る。

 

・「夜遍路」・・・夜はカラオケ、居酒屋にも行って楽しむ。(あれば)

 

・「雨遍路」・・・雨の日の遍路。

ふつう、お遍路さんは雨の日は嫌がり避けたりするが、試してみた。

横殴りの暴風雨の日に歩いてみた。その結果、

散々だと分かったので、それ以降、雨の日はやめることにした。

決めつけず何でも試してみる。フェルデンクライスのやり方と似ている。 

          

・「トンネルは迂回する」

   直通で早く行けるトンネルだが、中はすごい騒音でもある。

   トンネルを迂回すると、遠回りだけど、必ずそこには

   とても景色の美しい旧街道がある。

 

そして、ゆっくり遍路には「気づきがある」。

 

あぁ、私も歩いてみたくなった。

できれば、道々みかんの花の香る、5月に。

 

 

※黒笹さんの「釣りときどきお遍路」日記はこちら。

http://www.nangokuseikatsu.com/archives/category/o-henroad

 

ともに幸せになるレッスン (2015.2.14

 

また1年が巡り、

今日が12回目の「休日午後の月イチ講座」体と声のレッスン。

 

この1年、1回も欠かさず参加してくれた方、

初めての方、途中の月からずっと参加してくれている方、

2年にわたり、都合がつく限り参加してくれた方。

 

すでに何度も受けてこられた方も、今日が初めての方も、

誰と比べるのでもなく、自分と向き合う時間だから

その方が感じたことは、何であれ、その方だけの特別なもの。

 

「終わった後、体が楽になった」

「声は体の各部分、全部と関係していることが分かった」

「声が体全部に響く、ということが感じられてうれしい」

 

1年最後のレッスンだから

ささやかながら、お茶とお菓子を用意した。

そのお茶を飲みながら、皆さんが聞かせてくださる感想がうれしい。

 

何かしら違いを感じられたり、

気づき、腑に落ちたことがあったり。

 

でも、もし「何も違いを感じなかった」と思ったとしても

「そのうち違いを感じられるようになる」と

待つ余裕をご自分に許してあげられたら良いな、と思う。

 

 

私自身は、初めて受けたレッスンで、何も違いを感じなかった。

さっぱり分からなかった。それどころか、

4年間のトレーニング期間、ほとんどよく分からなかった。

 

それでも。

このメソッドは、よく分からないけど、奥が深そうだ、

と思っていた。なぜかメソッドを信頼していた、と言ってもいい。

 

トレーニングを卒業し、自分が教え始めてから、ちょうど4年。

卒業してからが、自分の本当の学びだったと思う。

「今からが始まりだよ」とおっしゃった先生の言葉どおりに。 

 

1度体験しただけで、

「よく分からない」でやめてしまうのは、もったいない。        

「なんだ、こんなものか」と分かった気になるのも、残念。

その人が思っているほど、底の浅いものではない。

 

先輩指導者たちは、何年も経って、ますます

フェルデンクライスが茫洋とした森に見えてくる、と言う。

枝や葉が生い茂った、大きな大きな樹のようだ、とも。

 

ご縁あって、私の講座を知り、

フェルデンクライスを初めて体験した方。

大いなる森へ、ようこそ!

 

     ⋆  ⋆  ⋆  ⋆  ⋆

 

レッスンの後、

気づきや変化を報告してくださる皆さんの、

うれしい顔を見ると、私もいつも幸せな気分になる。

 

わいわい言いながら、外に出たら、

もう5時だというのに、まだ空がこんなに明るい。

雲がうっすらと薄紅色に染まっている。

 

2月も14日。

着実に、春が近づいている。

 

 

<追記>

4月からリニューアルして新開講します。

3月はないので、代わりに3/1(日)チャリティ・レッスンを行ないます。

 

1つ上の選択  (2015.2.4

 

ビデオカメラを10数年ぶりに買い換えた。

 

買う、と決めてから、

どこのメーカーのどの機種にするか、いろいろ調べた。

 

前に使っていたのは、手のひらに乗る可愛いサイズで

レッスンに調べ物に、あちこち持ち歩いた。

 

使い慣れた機種に十分満足していたし

今回もそのメーカーにしようかと思っていたが、

最終的に候補に残ったのは3つ。

 

そのメーカーの、前と同じランクの機種と、

S社の同ランクの機種、

そしてS社の1つランク上の機種。

 

結局、S社の1つランク上の機種にした。

 

最初の2つの機種でも十分良かったけれど、

その機種の手ぶれ補正機能が、プロも驚いたレベルだというので。

 

その分、他の2つよりも重くなるので初めは迷ったが

この10数年での進歩はすごい。重くなる、と思った機種ですら、

前のより、20%近く軽くなっている。

 

10年先を考えたら、「これでもいい」ではなく、

1つ上を選ぼうと思った。

 

 

注文して届いた箱を見て、

「S社にして良かった」と思った。

 

もちろん、前のビデオカメラのメーカーもとても良い会社で、

他の主なメーカーもすべて、信頼できる日本の優秀な会社。

 

でも、S社のマークを見たとき

良いものを買った、S社なら間違いない、という気持ちになったのだ。

まだ箱も開けてないのに。 

 

それがブランド力。信頼感。

 

S社の「海外で絶大なブランド力」という評価も、

日本でも特に男性はS社のブランド名で買う、という話も、

プロのカメラマンもS社を選ぶ、という話も聞く。

 

でも、知識とは別の、

自分の心の奥から上がってきた信頼感。幸福感。

 

私もそうでありたい、と思った。

 

やっぱりおもろいな~ (2015.1.25

 

待ってました!

『秘密のケンミンSHOW』の、一県限定・大阪スペシャル。

            (2015122日放送)

 

かねがね、この番組は、ええ番組や、と思っていた。

なかでも大阪が紹介されるときは、期待でワクワクする。

 

やっぱり、大阪の人はええなぁ!

めちゃめちゃ面白い。

芸人(笑いのプロ)でない、一般の人が笑わせてくれる。

 

今回も、観終わってすぐに録画を直し、結局、二度

何を言うか分かっていても、また笑って幸せな気分になる。

 

「ここ、どこやと思てんねん。うどん食え!」

お兄さんの大阪弁の啖呵も、小気味ええなぁ。

 

カッコつけて気取らない合理的精神。

そして旺盛なサービス精神。

とにかく明るいのも、商人の町ならでは、なんやろか。

 

江戸時代、天下の台所「大坂」では、

財力ある商人が、日ごろ威張っている武士に金を貸したり

お上を頼らず、自ら橋をつくったりした(淀屋橋など)から、

庶民が見栄や権威を笑い飛ばす土壌がある。

 

私は大学が大阪だったので、地元・兵庫に次いで愛着がある。

その大学も、大阪財界の有力者がつくった大阪商業学校が源流の、

大阪市民による大学である。

 

もちろん、私の同級生や先輩・後輩、大阪人全員が

ケンミンショーに出てくる人と同じではない。

 

テレビ番組である以上、面白いところだけ取り上げ

編集・強調しているのは当然のこと(良いか悪いかは別として)

バラエティ番組でないニュース報道番組ですら、

制作者側が意図的に、情報を操作(とまで言わなくても)

取捨選択して放送するのだから、鵜呑みにしてはいけない。

情報はすべて、事実の一部ではあっても、真実とは限らない。


 

閑話休題。 

ケンミンショー・大阪特別編の「関西5大私鉄」比較も面白かった。

 

ところで、番組で紹介された

「阪神タイガースのイメージ」阪神電車の甲子園(西宮市)も、

「ハイソなイメージ」阪急電車の高級住宅地(芦屋市)も

タカラヅカこと宝塚歌劇団(宝塚市)も、

ぜんぶ、大阪府ではなく兵庫県ですぞ。

 

特に甲子園球場は、タイガースファン=大阪の人のイメージが強く

大阪にあると全国的に誤解されている、と思う。

ついでに言うと、十日戎の「福男選び」で有名な西宮神社も同じ西宮。

 

 

それにしても、今回はスタジオほぼ全員が大阪出身者で

皆が皆ワァワァ言うのが、いかにも大阪らしいが、

昨今、関西出身者がまさに席巻している他のお笑い番組と

あまり雰囲気が変わらないのが可笑しい。

 

1回に収まりきらない、大阪スペシャル。

次回放送の後編が、今から楽しみだ。

 

 

海に生きた男の心意気 (2015.1.15

 

明けましておめでとうございます。

 

年が明けて早くも2週間。

新年の挨拶をするには少し気恥ずかしいですが、

「松の内」は、広い意味では15日まで、とのこと。

この不調法、笑ってお許しください。

 

今年は新しいスタジオを開くべく

正月明けすぐに、具体的な買い物も始める予定だったのが、

年明けに、思いもよらない事情で一旦停止せざるを得なくなり

呆然としているうちに日が経ってしまいました(不調法の言い訳)。

 

とはいえ、この立ち止まる期間にも、何か意味はあるはず。

スタジオやレッスンのこと、今一度イメージし直す作業をしています。

 

 

年末から順調に進んでいたことに急ブレーキがかかった直後、

淡路島に行くことがありました。淡路島行きは、昨年からの予定通り。

これも行くことに決めていた高田屋嘉兵衛の顕彰館に行ってきました。

 

高田屋嘉兵衛(たかたやかへえ)。

司馬遼太郎の小説『菜の花の沖』の主人公であり、

北前船で巨万の富を成した、淡路島出身の豪商。

・・・その名前くらいは知っていたものの、とくに興味もなかった。

それが昨年から気になり、淡路島へ行くなら是非、と決めていました。

 

淡路島の最南端から北上し、着いたのは夕方4時ごろで

高田屋顕彰館(記念館)には、私がただ一人の客のようでした。

はじめに親切な係員の女性が、私に合わせて、ホールの大画面で

嘉兵衛の生涯を上映してくださった後、ゆっくり館内を回りました。

 

館内の展示に、私の心がブルブルっと震えたのは、次のことでした。

 

江戸時代の当時、船にただ商品を積んで帰るだけ。

その商品は量目も品質もいい加減が当たり前だった中で、

高田屋は、品質を何等級にも細かく分けて管理し

量目もきっちりと正しく計って、誠実に商売をしていたので、

高田屋の船の商品だけは、日本中で計らずともそのまま通用した。

つまり高田屋の「高」の印は、まさに一流ブランドの証だった。

 

また当時、松前藩はアイヌを厳しく差別・不当に搾取していたが、

函館を拠点として北方を開拓していた嘉兵衛は

アイヌの人々に敬意をもって接し、日本人と同じく厚遇したので、

アイヌの人々からも信頼され、いつも人が集まってきた。

 

嘉兵衛は少年時代、貧しさ故に、隣村の親戚の家で暮らさざるを得ず、

その村の同年代の少年たちから嫌われ、村八分にされていました。

自分が人間として正当に扱われず、心底つらい思いをしたからこそ、

後年嘉兵衛は、アイヌの人々を同じ人間として大事にしたのでしょう。

 

また、正しい量目や品質管理は、今でこそ当たり前ですが、

でたらめな量目や粗悪品も当たり前の風潮の中で、

周りがどうあれ、自分が良しとする基準に従い、誠実に商売をする。

誰に対してでもなく、自分自身に対して恥ずかしくない仕事をする。

すると、そのうち時代がついてくるのですね。

 

淡路島の貧農に生まれた嘉兵衛は、少年時代に淡路島から飛び出して

神戸、大阪、函館と、日本じゅうの海を自由に船で渡り歩き、

ついには民間人ながら大国ロシアと日本との交渉を成功させた

非常にスケールの大きな人物になりました。

 

司馬遼太郎は、そんな嘉兵衛をこよなく愛し、

「今でも世界のどんな舞台でも通用する人物」と称えたそうですが、

http://www.takataya.jp/nanohana/kahe_abstract/kahe.htm

淡路島を飛び出したきっかけは、隣村という非常に狭い範囲での、

人間関係のつまらぬ軋轢が心底嫌になったこと(身の危険もあった)。

 

歴史を振り返ってみると、

嘉兵衛にとって思い出したくないだろうその時期や経験がなければ、

後年の偉大な人物は現れなかったかもしれません。

 

中国の処世訓『菜根譚』には

 「逆境にいるときは、周りのすべてが身を養う鍼や薬となり、

  行動や信念を磨いてくれているが、人はそれに気づかない」

とあるそうですが、

まさに、自分の思うようにいかない時期こそ、

後に天高く舞い上がるための翼を準備している時なのかもしれません。

 

 

年明け早々、思いもよらない(不愉快な)出来事があった後でしたが、

私だけの貸切の(贅沢な)記念館で、嘉兵衛の生き方に触れるうち

私も、心が大きくなるような気がしました。

 

外に出ると、朝から降ったりやんだりの雨は上がって、

空気が澄み、かすかに良い香りも漂っているようでした。

 

雲間から差す夕日に、辺り一帯が金色にきらきらしていたことを、

今、思い返しています。

 

 

心に沁みる言葉2014.10.17

 

私が敬愛するユダヤ人のR先生の言葉。

 

  価値あるプロジェクトはすべて、

  大きな努力も勤勉さも忍耐も必要だ。

  でも、根本にその仕事への愛情があることだよ。

 

以前に先生が贈ってくれた言葉を、今、読み返している。

 

アジア40億人の星2014.9.22

 

ただ今、4年に1度のアジア最大のスポーツの祭典が

韓国で開かれている。

 

アジア大会の番組を見ていて、一番感動したのは、

「アジア40億人」ということ。(←視点が人とずれている…)

 

アジアの人口は40億人!

全世界の人口の過半数を占めているのだ。

 

テレビに映る試合や会場の風景を見ていても、

日本人も韓国・北朝鮮の人も中国・台湾の人も見分けがつかない。

こんなに似ているのに、別の言葉をしゃべるのが不思議な気さえする。

ほとんど兄弟同然なのに、政治的に反目しているのが馬鹿げて思える。

 

良きにつけ悪しきにつけ、一番近しい国同士だから

つまらないことで小競り合いをするのだろう。

私がしょっちゅう家族とつまらない言い合いをするのと同じ。

広いアジアの中でも最も近い東アジアの国同士が

兄弟げんかをしているのだ、という自覚を持った方がいい。

 

もう1つ、感動したのは

クウェートなどアラビア半島の国々もアジアなのだ、ということ。

“いわゆる”中東・近東と呼ばれる地域は西アジアと言うそうだ。

イラクもシリアもイスラエルもトルコも。

 

砂漠やラクダとともに記憶している、アラビアの人たちの服装。

頭からかぶった白い布を、わっかで頭に止めている、

あの服装の人々を開会式で見たとき、

顔つきが私たちとは違うし、全く異なる文化で生きる彼らもまた、

同じアジア人なのだ、という感慨が湧いた。

 

余談だが、“いわゆる”とつけたのは、

「中東・近東」さらに日本を呼ぶ「極東」という言葉は

単にヨーロッパ人から見た言い方だから。

私たちには関係がない。私たち自身を指す言葉ではない。

 

アジアの人口は40億人。

アジアに住む私たちが仲良くなれば、どれだけパワフルか。

大きくアジアの一員なのだと気づいたとき、頭の中の風景が変わる。 

 

吉数2014.9.9

 

数字の「四」や「九」を(死)や(苦)として嫌う人がいる。

 

けれども「四」といえば、春夏秋冬は四季だし、東西南北も四方向。

四つ葉のクローバーは4枚だからこそラッキーなのだ。

 

古来、九は陰陽思想でいう陽の数(奇数)の極み。

それが重なる九月九日を、「重陽の節句」として祝ったという。

 

「九」は、何を隠そう、私の(私が勝手に決めた)吉数字。

以前の職場で9区といえば、スーパースターの担当区域だった。

 

今年の重陽の節句、九月九日は

ひときわ大きい満月のスーパームーン。でも今夜は

お月様が、白雲のさざ波で泳いで見え隠れしている。

 

 

イルカが泳ぐ海岸で (2014.8.22

 

今年の夏も、須磨の海に、イルカを見に行った。

 

神戸の須磨海岸は、関西屈指の海水浴場。

その一隅を囲って、去年から、夏の間だけ

須磨水族園のイルカが放し飼いにされている。

  

今朝の海岸は風が強く、大きな黒い雨雲が、淡路島の方から

流れてくる。波が高く、ときどき大きな雨が前から飛んでくる。

それでも本降りにはならず、砂浜に腰を下ろして待った。

 

あらためて海岸から見ると、

須磨浦はすぐそこまで山が迫っていて、

源平の合戦で名高い「一の谷」もすぐそば。

ななめ向うの海には、淡路島の東側の町が見え、

明石大橋が大きく架かる

 

時間が来て、水族園のスタッフによる環境学習会の後、

沖に設けた生簀の戸が開けられる。

「出てくるか、近くまでくるかはイルカの気分次第です」

 

スタッフの方がボートから生簀に乗り移ると、

イルカが飛び跳ねるのが見え、戸が開くと、

2頭のイルカが海岸まで泳いできてくれた!

イルカって、ほんとうに楽しそう!

 

スタッフが投げたボールで遊んでみたり、

知らんぷりしたり、遠くへ行ったり。

でも何度も波打ち際まで来ては、海面から顔を出し、

口を開けて、大きな笑顔で笑っているみたい。

 

イルカはX線のように、

相手の体の中まで見通せる、と聞いたことがある。

お腹に不機嫌を抱えていたら、見透かしてしまうかも。

楽しいことを考えている人のところへ、イルカは遊びに

寄って来るのかもしれない。

イルカに共鳴するように、私も楽しくなる。

 

「須磨ドルフィンコースト」8/31まで イルカに触れる有料プログラムも。  

   http://www.sumasui.jp/dolphincoast-tour/

 

 

ところで、須磨水族園の北側一帯は、町の名前が

どれも古風で美しい。

衣掛(きぬがけ)町、村雨(むらさめ)町、

磯馴(いそなれ)町、若宮(わかみや)町、

松風(まつかぜ)町、稲葉(いなば)町、行幸(みゆき)町。

20代半ばの2年間、この辺りに勤めていたので、懐かしい。

 

松風、村雨、衣掛、磯馴などの名は、

平安時代の歌人・在原行平に因むらしい。

須磨は、『源氏物語』で光源氏が配流されたところでもあり、

物語の中では、行平中納言が京から蟄居していたこの辺り、

という設定になっているそうだ。

 

百人一首にも須磨の名前が詠まれている。

  淡路島かよふ千鳥の鳴く声に

     いく夜寝覚めぬ須磨の関守  (源兼昌)

 

この歌にあるように、当時の須磨は畿内(京に近い国)の端で、

まさに辺境の地。うら寂しい土地だったようだが、

光源氏は須磨から、さらに畿外の明石へと移ったところから、

運命がどん底から奇跡のV字回復をする。

・・・というのは、明石の住吉神社の境内で読んだ話。

  *魚住・住吉神社 http://www.sumiyoshijinjya.com/

(光源氏と明石の君)

 

 

名前といえば、大阪環状線とくに外回り線の駅名が、

また雅でゆかしい。

天満(てんま)、桜ノ宮(さくらのみや)、森ノ宮(もりのみや)、

鶴橋(つるはし)、玉造(たまつくり)、桃谷(ももだに)。

 

天満は「大阪天満宮」から来ているのだが、

「天に(が)満つる」とは美しいではないか。

桜ノ宮は本当に、大川沿いに桜が延々と並び、見事な眺め。

玉造は、古代、勾玉(宝飾品)などを作る「玉作部」が

ここに置かれていたから、という。

 

神戸から大阪の学校に通っていた学生時代、

毎日この環状線に乗って、ホームの駅名を見るたび、

美しいなぁと思ったのだった。

 

大阪というと

全国的にはある種のイメージがあるかもしれないが、

ここには古代、難波宮(なにわのみや)という都があった。

今「あべのハルカス」で注目を集める天王寺には

聖徳太子ゆかりの四天王寺があり、

今でもこのあたりにはお寺が多く、お寺の数は京都よりも多い。

 

何の話だったっけ。

思考がつい、イルカのようにぴょんぴょん飛び移ってしまった。

 

花、ひらく朝 (2014.8.13)

 

蓮の花は、ポン、という音を立てて

開くのだそうです。

 

夏の静かな夜明けには、

蓮池のあちら、こちらで

その音が聞こえるのでしょうか。

 

 

 

葡萄酒色のインク (2014.7.28)

 

ついに買った、

ナガサワの万年筆インク、「神戸ボルドー」。

  

去年初めて買った、オリジナルのインクシリーズは

「摩耶ラピス」と名づけられた、紫がかった濃い青。

以来、手帳に入れていつも使っている。

        2013.12.4付「神戸インクと万年筆」の項、参照

 

「神戸ボルドー」は熟成した赤ワインの色。

こんな色のインクを使うのは、ちょっと渋い。

でも、青色のように何にでもは使えない。

 

だから、この色を使う相手は、特別。

 

地に平和を 

(2014.7.18

南ドイツの小さな町へ(2014.6.13~23)

 

フェルデンクライスの世界で最も著名な

ミア・シーガル先生とレオラ・ガスター先生の指導を

受けるため、南ドイツのBad Toelzに行ってきました。

ミュンヘン中央駅からさらに各駅停車で1時間の、小さな田舎町。

 

Bad Toelzへは2度目。

前回は2012年の10月で、ちょうど世界的なビールの祭典

オクトーバー・フェスト(ミュンヘン)の真っただ中でした。

 

今回は、滞在の終盤に、夏至にちなんだ、

その町の大きなお祭りに参加することができました。

photo by Kayo

日本国憲法を世界に (2014.5.3

 

“憲法9条をノーベル平和賞に”と運動している人たちがいる。

最初に知った時、なんて素晴らしいアイデアだ!と思った。

しかも先月ノーベル委員会に平和賞候補として受理されたという。

今も署名を募集中と知り、今日、私も署名して投函した。

 

 ※関連の毎日新聞記事  http://mainichi.jp/select/news/20140503k0000m040050000c.html

 ※「憲法9条にノーベル平和賞を」実行委員会のサイト

 https://www.facebook.com/nobelpeace9jou

 

 

戦争放棄を宣言する第9条はもちろんだが、

日本国憲法の前文を、日本国民はぜひ読み直してほしい。

日本国民のみならず、日本に住むすべての人々、

地球上のすべての人々と共有する価値のある内容だと思う。

 

「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。」 (日本国憲法より)

 

“平和憲法はただの理想論”という声があるのは承知している。

だが、安全な日本国内での戦争を知らない人の机上の空論より、

海外の命に危険がある地域で活動する日本人たちの

地に足の着いた、肌感覚の言葉に耳を傾けてほしい。

「憲法9条のおかげで僕たちは守られている」という言葉に。

 

昨年2013611日の毎日新聞夕刊の切り抜きを、

私は今でも持っている。

アフガニスタンで活動する医師・中村哲さんのインタビュー記事。

特集「憲法―この国はどこへ行こうとしているのか」小国綾子記者)。

少し長くなるが、中村さんの言葉をそのまま引用したい。

 

「欧米人が何人殺された、なんてニュースを聞くたびに思う。なぜその銃口が我々に向けられないのか。どんな山奥のアフガニスタン人でも、広島・長崎の原爆投下を知っている。その後の復興も。一方で、英国やソ連を撃退した経験から『羽振りの良い国は必ず戦争する』と身に染みている。だから『日本は一度の戦争もせずに戦後復興を成し遂げた』と思ってくれている。他国に攻め入らない国の国民であることがどれほど心強いか。アフガニスタンにいると『軍事力があれば我が身を守れる』というのが迷信だと分かる。敵を作らず、平和な信頼関係を築くことが一番の安全保障だと肌身に感じる。単に日本人だから命拾いしたことが何度もあった。憲法9条は日本に暮らす人々が思っている以上に、リアルで大きな力で、僕たちを守ってくれているんです」

 

「一時帰国し、墓参りに行くたびに思うんです。平和憲法は戦闘員200万人、非戦闘員100万人、戦争で亡くなった約300万人の人々の位牌だ、と」

 

日本国憲法がアメリカから押し付けられたかどうかは、

どうでも良いこと。

アメリカにはアメリカの思惑や下心はあっただろう。

だが、それが本物でさえあれば、

自分で稼いで買ったダイヤモンドだろうが

誰かから無理に手渡されたダイヤモンドだろうが、

その輝く価値は変わらないのではないか。

 

しかも憲法には日本人たちの自主的な案も盛り込まれている。

そして、戦争を生き残った人たちが

どんなにこの憲法を喜んだかを、今も語っている人がいる。

 

世界がいよいよ混迷を深めているように見えようとも、

日本国憲法がたとえ“子どもっぽい理想論”に見えようとも、

この日本国憲法の理想が世界の標準になる日は近い、と思う。

 

 

最高レベルに幸運な日 (2014.4.24)

 

今日は私にとって、

「最高レベルの強い運気が舞い降りる日」らしい。

私が好んで、ときどき見ている占いサイトによると。

 

お金を払って占い師さんに占ってもらいにいく趣味はない。

でも、雑誌や新聞に載っている星占いを見るのは好き。

良いことが書いてあったら「よしよし」とほくそ笑み、

悪いことは読んでも流してしまう。いたってご都合主義。

 

「最高レベルの強い運気」を断言してくれた件の占いサイトは

生年月日と姓名だけで自動的に占う無料占い。

だから、私という人間とは無関係に占うわけで、

私と同じ生年月日と氏名の人は全員、今日が最高の運気。

 

それはそれとして、

「今日は最高に運のいい日だ!」と確信持って過ごすのは楽しい。

どんな良いことが今日はあるんだろう?とワクワクしたり、

今日はいつもより態度を良くしよう、と思ったり。

 

あと1分で、今日は終わる。

でも、毎日、そんな気持ちで過ごしたら、

それだけで毎日が、最高に幸運な日になるだろうな。

 

当たり前、ではないこと (2014.4.21)

自然災害や不慮の事故のニュースに接するたび、

こうやって今日も無事に一日を過ごせたことは

「当たり前」のことではないのだ、と改めて思われる。

 

文字通り、「有り難い」ことなのだ、と知らされる。

 

 

[チャリティ・レッスンのご報告]  (2014.3.31)

 

おかげさまで、3月29日(土)の特別チャリティ・レッスンは無事終了しました。

今日(月曜日)、その収益金+α=10,000円を、福島の原発被災者支援を続けているこちらの団体に寄付しましたことをご報告します。

  ↓

「日本チェルノブイリ連帯基金」

http://jcf.ne.jp/fukushima_support 

 

今回のチャリティ・レッスンの趣旨に賛同して、「当日は参加できないけれど受講費分を寄付します」と事前にお金を預けてくれた方や、友人に声をかけて誘い合わせて参加してくれた方、遠方(片道2時間)から駆け付けてくれた方もいらっしゃいました。

 

「参加したいけど」仕事・その他で都合がつかなかった方、「参加するつもりだったのに」急きょ時間が取れなくなった、と連絡くださった方も含めて、皆さん、ありがとうございました。

 

<追記>

後日、振込み受領ハガキと領収書が送られてきました。

右上「ベラルーシの子どもの絵」は、振込み受領ハガキの裏面。(いつも丁寧に送ってくれます。)

領収書はこちら

 

 

ちょうど3年前の (2014.3.17)

 2011年3月17日、
ちょうど今から3年前の今日。

フェルデンクライスのグループレッスンの教室を始めました。

春分まぢかの今時分に珍しく、雪が舞い積もる日でした。

 

個人レッスンは2月の初めからスタートしていましたが、

なかなかグループレッスンの教室を始められないでいたとき、

仲間に背中を押され、教室スタートの日を決めました。

それが2月下旬のこと。

 

決めた日程は、3週間後。

(元来せっかちの私。なぜ、準備期間がたったの3週間?)

ともかくそこから、大急ぎの準備が始まりました。

 

突貫工事でホームページを作り、

チラシを作り、自前で印刷し、

上手な友人にイラスト入りのポスターを作ってもらい、

友人の家族にも手伝ってもらってチラシ配りに奔走し・・・。

そうこうして、スタートが6日後に迫ったときに、

あの東日本大震災が起きたのでした。

 

日本中が落ち込んだあの頃。

テレビではコマーシャルが消え、震災報道の間に

公共広告機構のCMだけが繰り返し流れていたころ、

「私は私のことだけに一生懸命になっていていいのか?」

と悩みました。教室を始める、という私事に。

 

そんなとき、私が敬愛するR先生(在米ユダヤ人)が、

メールのやり取りの中で、こんな言葉を贈ってくれました。

 

  “あなたが自分の教室に向かって動いていると聞いてうれしい。

   行動は、不安や悲しみなどへの、最良の解毒剤だから。”

 

こんなふうに、私の最初の教室が、

雪の舞う春の日に始まったのでした。

 

 

当時、日本中の被災地以外の地域で、

心優しい多くの人たちが、テレビの前で

震災や津波や原発事故の悲惨な映像に釘づけになっていました。

「せめて私たちも、つらい気持ちを共有しなければ」と、

「目を背けてはいけない」と思いながら。

 

そうして気分を悪くし、体調を崩した人が大勢いました。

 

日本人特有の、細やかな同情心だと思います。

でも、そうして自分まで体調を崩しては、何にもならない。

そんなことを、被災地の方は望んではいない。

何かあった時、誰かのために働けるのは、

実際に元気に動ける人だけなのです。

 

こんな非常事態にこそ、

 “みんなが、「誰かのために」明るく元気でいること。

  それが、日本を支える力になる”

 

教室を始めて間もないころ、レッスンのメモに書いた言葉です。
今読むと、ちょっと照れくさいですが、本気で思っていました。

 

今も、そう思っています。

大事なのは、まず自分(私も、あなたも)自身が元気でいること。

そのためのフェルデンクライスです。

 

だから3月29日(土)のチャリティ・レッスンのコンセプトは

  “まずあなた自身がフェルデンクライスで元気になること。
  そのお金が回りまわって被災地支援の役にも立つのです”

このコンセプトに共感なさる方は、是非29日、いらしてください。

     (チャリティ・レッスンの詳細はこちら

 

 

明日からまた、4年目の小さな一歩。

 

http://www.pref.fukushima.jp/fui/fukushima_fanclub/index.html
ふくしまファンクラブの赤ベコ

立春のあくる日2014.2.5

 

立春は寒さの底だという。

 

それでも、何日か続いた陽気の後で冬型に逆戻り、というので

天気予報が盛んにおどかすほどではなく、

昨日の立春は雪がちらちらしていても、案外暖かいと感じた。

 

立春のあくる日の今日。

一段と空気が冷え込んで、これこそ冬の寒さ。

昨日よりも1日、本当の春に近づいているはずなのに。

 

季節は右肩上がりではなく、螺旋を描きながら、進んでゆく。

後戻りしたり、足踏みしたりしながら、確実に春に向かっている。

 

大寒 (2014.1.21)

 

今年は昨日が、暦の上では「大寒」で、

24日の「立春」までが一年で一番寒い時節だそうです。

 

私は「夏至」が、一番昼間が長く、明るくて好きですが、

じつは、「冬至」も好きです。

 

そのころには夕方4時半ごろには暗くなり、

日に日に昼間の時間が短く、寒さも増していきますが、

「冬至」を境に、一転、日が伸びていくからです。

 

「大寒」の今は、もちろん寒さが厳しい時期ですが、

気がつけば夕方5時ごろでも、まだ明るい。

この前「冬至」だと言っていたのに、もう一月経ったのでした。

 

寒さが厳しい、なんて

雪が1cm積もることも滅多にない地域の私が言ったのでは、

本当に厳しい寒さに鍛えられた雪国の方たちに笑われます。

 

でも、寒さに“ひ弱”な私にとっても、今が寒さの底。

 

それでも、底まで来たら、後は上がっていくだけ。

立春に向かって、間違いなく季節は進んでいきます。

 

ある日ふと、朝の水が今までほど冷たくなく、

ゆるんでいることに気がつき、

いつか春が来ていたことに、気がつきます。

 

神戸インクと万年筆 2013.12.4

 

神戸にナガサワという老舗の文房具店がある。

今日、その三宮本店で、万年筆とインクを買った。

私は買い物好きではないけれど、今日の買物はうれしかった。

 

実は、私が買いたかったのは、インクの方。

「神戸インク物語」という、この店オリジナルのインクがあって

先日知ってから、興味があった。

 

こちらのお店の商品企画の方が、

「六甲山の緑の色をインクにして持ち歩けたら」

と開発した緑色のインク。名付けて「六甲山グリーン」。

 

次に開発されたのが、神戸港をクルーズしているときに見た

神戸の海の色、「波止場ブルー」。

 

その後、ひとつまた一つと色が増えて、

神戸の土地のイメージと色を組み合わせたオリジナルインクが、

すでに日本のメーカーでは最多の色数になっているそうだ。

 

よく知っている神戸の地名と、そこから連想した色のインク。

何とも素敵ではないか。

 

ネットでそのインクのことを調べたら、

ひとつひとつの色ごとに、開発された方のお話が載っていた。

http://www.kobe-nagasawa.co.jp/original/

せっかく買うなら本店へ、と、出かけたついでに店を訪れた。

 

インクを買うなら、やはり万年筆もいる。

万年筆には昔から憧れがあった。

 

高校生の頃だったか、母が万年筆を買ってくれ、2本ほどあった。

ところが馴染みがなかったというか、大事にしまいすぎて

出して使おうとするときには、もうインクが出なくなっていた。

 

それ以来、大人になってからも万年筆を使うことがなかった。

久しぶりの万年筆、というより、ほとんど万年筆の初心者。

それで、今回はネットで調べておいた安いものを。

本体が透明で、インクの色が透けて見えるものを買うことにした。

 

ナガサワの店内に、照明を絞った上質な大人の雰囲気の一角がある。

万年筆もそこにあって、高級なものはガラスケースに入っている。

 

今回買うのは、もちろんケースに入っていないはずだが、

ぐるぐる回っても見つからず、お店の方に声をかけた。

希望の商品を伝えると、さらに他の店員の方に聞いて探してくださった。

最後の1本だったらしい。

 

そしてインク。

見たい色はいろいろあるけれど、実際に使いやすいのは、やはり青。

青系だけでも沢山あって、本当は全部見たかったが、

特に見たかった青色2つ「波止場ブルー」と「摩耶ラピス」、

それに、今回は買わないけど見たかった色を2つ、お願いした。

 

専用のコーナーに案内され、蓋を開けて見せていただいた。

ひょっとして、と思ってお聞きしたら、やはり

その方がインクを開発したご本人・竹内直行さんだった!

 

「波止場ブルー」は2番目に開発されたこだわりの色で、

純粋な青に近い色だという。青色が一番難しいそうだ。

「摩耶ラピス」は夜景で有名な摩耶山から見た、印象的な青だそう。

少し紫がかった青で、竹内さんによれば華やか。

 

どちらもきれいな青だったが、「摩耶ラピス」にした。

上質なラピスラズリのような、私の好きな色だったし、

摩耶山は祖母がよく連れて行ってくれて懐かしかったから。

 

買うインクが決まって、万年筆のインクの入れ方や使い方などを

丁寧に教えていただいた後で、他にも

「六甲山グリーン」や「有馬アンバー」、「神戸ボルドー」など、

気になっていた色いろもお願いして見せていただいた。

 

その一つ一つの色と、開発にまつわる秘話。

ネットで読んだよりも、さらに詳しいお話をご本人から伺えて

とても幸運だった。

 

オリジナル・インクの中に限定商品もある。

今あるのは「ルノワールピンク」。限定1000本。

http://www.kobe-nagasawa.co.jp/original/ink_renoir.html

神戸市立博物館で開催中(~2013128日)の

「プーシキン美術館展 フランス絵画300年」のポスターにもなっている

ルノワールの絵の女優のルージュの色。

 

実は今日、ナガサワへ行く前に、この展覧会を見てきたところだった。

「ルノワールピンク」というインクがあることも知っていたし、

会場のミュージアム・ショップでも商品を見ていたけれど、

お願いして、これも蓋を開けて色を見せていただいた。

 

びんの外から見るのとはまた違った、オレンジの強いピンク。

びんの箱にもこだわりがあった。箱の全部がルノワールの絵で、

底面にはうまくルノワールのサインが来る。聞くと、なるほど、と思う。

ピンクは使いにくいと思うが、記念に買っていく人も多いという。

 

以前にも神戸市立博物館の展覧会とのコラボで

「フェルメール・ブルー」という商品をつくって、それは完売。

http://www.kobe-nagasawa.co.jp/original/ink_vermeer.html

私だって、ほしいもの。名前がまたいい。

いまだに問い合わせがあるという。

 

さらに、来年1月から開催される「ターナー」展に向け、

新たなインクができつつあるらしい。

今度はこだわりのブラウン。箱にもこだわって製作中とのこと。

使いやすい色でもあるから、きっとすぐ完売するだろう。

 

私はナガサワの回し者ではない。でも、

こんな粋な神戸ブランドは、勝手に広報したくなる。

 

物腰が丁寧で気さくな、プロフェッショナルな竹内さんは、

大人のこだわりの文房具店に似合う。

開発にまつわるエピソードをあれこれ伺うのは、楽しい。

 

以前にインクのコーナーで、

「神戸インク物語」の何色ものインクで描いた神戸の絵入り地図を見た。

それがとても印象的だったので、帰り際に、「ありますか?」と聞いた。

 

やはり問い合わせが多く、それをポストカードにしたとのこと。

それが何と今日、出来上がって店に着いたばかりという。

「特別に」その1枚を、くださった。

 

「わからないことがあれば、またいつでもお尋ねください」

と親切に言ってくださって、店を後に。

 

インクと万年筆の入った袋を提げて帰る道すがら、

とても幸福な気分だった。

 

 

柔道とフェルデンクライスの学び  (2013.2.1

 

パリで柔道の創始者・嘉納治五郎に出会い、見込まれて

柔道のヨーロッパでの普及を託された、モーシェ・フェルデンクライス。

そう、フェルデンクライス・メソッドの創始者です。

 

そんなわけで、フェルデンクライス・メソッドと柔道は

深いつながりがあります。

 

ところが、フェルデンクライスの指導者養成コースで

アメリカ人の先生が

「柔道とフェルデンクライスの関わり、知っているでしょう?」

と聞いたとき、私はきょとんとしていました。

 

同期生たちも同様の反応で、先生は

「えっ、日本人なのに知らないの?!」という感じでした。

私は恥ずかしながら、同じ神戸出身の嘉納治五郎のことも知らず。

 

フェルデンクライスが考案したレッスンには、

柔道に由来する動きがたくさんあります。

フェルデンクライス・メソッドが、最小の力で最大の効果の動きを

めざすのも、柔道を熟知していたからでしょう。

「ジュードーロール」(柔道の受身のこと)というレッスンもありました。

 

 

それはさておき。

 

フェルデンクライス・メソッドのレッスンで教師は、くり返し

 

「痛いところまで絶対にしないで」

 

「疲れたらすぐに、自分のペースで休んで」

 

「必ず心地よい範囲で続けて」

 

と言います。

 

無理に痛いところまでやってしまうと、

そのときはできても、次からは脳がストップをかけます。

脳は賢いので、それ以上、体がダメージを受けないように。

 

疲れても機械的にくり返しても、うまくなりません。

脳は心地よい状態でしか学べないからです。

休みをとることは、脳が学ぶための時間を取ることです。

 

逆に心地よい範囲で続けていれば、

その範囲は次第に広がっていき、

できることが増えていきます。

 

フェルデンクライスでは

すぐに正解にたどり着くのではなく、

あれこれ探求することを求められます。

 

「たった一つの正しいこと」ではなく、

「より楽なやり方」「より簡単なやり方」を探し、

いろいろ試すように求められます。

 

いくら失敗してもOK

 

負けたり失敗したりするたびに叱られるなら、

体も縮みます。

体罰や暴力は、体の痛みだけでなく、

心も縮ませます。

 

最近つくづく

「運動部での体罰」「オリンピック代表を含む柔道界での暴力」と

フェルデンクライスの学び方との違いを思います。

 

その指導者たちもおそらく、現役時代に同じように

指導の名のもとで暴力を受けてきて、

それが当たり前だと刷り込まれて育ってきたから。

暴力は正当化しませんが、

今の彼らだけを非難するのは不当です。

 

ただ、フェルデンクライスで、よく教師がかける言葉。

「呼吸を止めていませんか?」

「目をやわらかくして」

 

息を止めず、楽に呼吸していられて、

目を吊らず、やわらかい視線で見られていれば、

体罰や暴力は起こらない。

 

勝利のみを求められ、失敗が許されない環境では、

呼吸が浅くなり、目がきつくなります。

(体はすべてつながっているから)

指導者たちにとっても生徒・選手たちにとっても

楽に呼吸でき、やわらかい目でいられる環境で

ありますように。

 

「柔道はオリンピック競技にさせない」と言ったIOC委員  (2013.2.1

  

「柔道はオリンピック競技にさせない」と言った、  

国際オリンピック委員会(IOC)委員がいました。

アジア人初のIOC委員となった人です。

その人こそ、柔道を創始した嘉納治五郎その人でした。

 

嘉納治五郎は、後に東京オリンピックの招致に成功

1940年。戦争の激化により返上)

それでも、自分が生きている限り、柔道をオリンピックに参加させることも、

体重別にすることも認めなかったそうです。

 

「柔道がオリンピックの競技になったら、

 柔道は台無しになるだろう」と。

 

この嘉納治五郎の言葉を伝えたのは、

モーシェ・フェルデンクライスというユダヤ人。

嘉納本人に見込まれ、柔道をヨーロッパに導入することを嘱望された人です。

嘉納治五郎は、フェルデンクライスを立派な柔道家にするために、

フェルデンクライスが住んでいたパリに最高レベルの柔道家を送り込み、

援助を惜しまなかったそうです。

(嘉納とフェルデンクライスの出会いはドラマチックですが、省略。)

 

その結果、フェルデンクライスはヨーロッパ初の黒帯保持者に。

また、今や人口比で日本の6倍の柔道愛好者がいるフランスの、

フランス柔道連盟(前身)の設立にも関わりました。

 

 

そのフェルデンクライスが、あるインタビューで

「柔道がオリンピックに含められたら、柔道は終わりだ」

と言った嘉納教授は不幸にして正しかった、と述べています。

 

フェルデンクライスは言います。

今では、柔道の本質に反する暴力的な力がすべて、

 ということになっている

柔道は、あなたが相手の強さを使うことを学ぶ教育なのです」

小さい人が大きい人を投げ飛ばすことができるのが柔道なのです。

 

フェルデンクライスがこのインタビューに答えたのは、1977年。

35年以上も前のことです。

 

 

柔道のオリンピック代表の監督の、選手への暴力が

ついに表沙汰となり、問題になっています。

オリンピックで金メダルを取ることへの尋常でない重圧。

勝利至上主義。

 

フランスなどヨーロッパでは、勝つためのスポーツとしてではなく、

礼節や精神性を学ぶために柔道をする人が多いそうです。

 

オリンピックの試合で、相手選手への礼儀から

勝ってもガッツポーズをしなかった外国人選手がいました。

 

嘉納が死ぬまで守ろうとした柔道の本質は、

今はどこにあるのでしょう?